マイナスの矛盾定義
「彼、裏で色々と探ってるみたいだから」


「どういうこと?」


「多くの人間は目的を持ってる。俺だけじゃない。君だってそうだ。小さな事でも大きな事でも、目的を持ってる。それは君の雇い主…シャロン君だって例外じゃない」


「…1つ聞くけど、貴方の目的って私に悪影響を及ぼすようなことじゃないでしょうね?」


「それはないね。少なくとも、今はそんな状況じゃない。それに、例え誰かが君にとっての悪影響を及ぼすとしたら――それは俺じゃなくシャロン君の方だ」




何かあることを匂わせながらもはぐらかす。


人を混乱させるのが上手いタイプだ。


……誠意、なんて笑わせてくれるわ。


全てを教えず、何かを隠す。そうしてこちらを混乱させる。



ただ――きっと、匂わせてくる事は嘘ではない。



生暖かい風が、また通り過ぎた。
《《<--->》》
-summer-
2日目の夕方。


シャロンに返してもらったカードでエレベーターを使い、9階へ。



荷物を自分の部屋に置き、ついでに秘書用の服に着替えてから、お菓子の入った箱を持って仕事部屋のドアをノックすると。


「おかえり~入っていいよ~」


中からラスティ君の声が聞こえた。


そこまで長い休暇ではなかったのに、何だか久しぶりな感じがする。




部屋に入ると、分かりやすすぎるくらいに不機嫌なアランとブラッドさんの姿があった。


アランはソファに座ったまま私を睨んでいて。


ブラッドさんは自分の椅子に腰を掛けたまま、静かに私の方へと視線を向けている。




………これは一体。



ラスティ君に状況説明を求める視線を向けると、


「意外と早かったね。まだ夕方だよ?」


求めているものとは違う答えが返ってきた。
「別に、そこまでやることもないわ。…ていうかラスティ君、よくもあんな得体の知れない機械仕込んでくれたわね?」


「えー?何のことかなー」



白々しいラスティ君に思わず溜め息が出る。


他の2人は機嫌が悪そうなのに、ラスティ君だけはいつものように笑顔。




そして、3人共衣服が替わっている。


ブラッドさんは黒いカジュアルシャツ、アランはワンポイントが入ったVネックの黒いTシャツ、ラスティ君は同じようにワンポイントの入った黒いポロシャツ。


この組織の連中は黒い服ばかり着るわね…。



そういえば受付にいたニーナちゃんもあのぶかぶかなニットカーディガンがなくなり、シャツも半袖になっていた。




「…これが衣替え?」


「そうだよ~。アリスちゃんの服も用意してあるから、明日からそれ着てね」


「そう、ありがとう」



「どういたしまして~。ていうか、その箱何?」


「あぁ、ちょっと遠い場所にあるスイーツカフェで買ってきたんだけど食べる?」



そう言って箱を開ける。



スイートポテト1人分とイチゴのカップケーキ1人分、マカロンショコラ2人分。


この3人が好むようなお菓子というのはあまり思い付かず、適当に買った。


ラスティ君には何となく…というか確実にいつもイチゴミルクを飲んでいるからなんだろうけど、イチゴのイメージがあったから一応イチゴ関係の物も買った。
「え、マジ?貰っちゃっていいの?」


「えぇ、好きなのを選んで」


「うわー、ありがとアリスちゃん」


私の言葉に嬉しそうにイチゴのカップケーキを取るラスティ君。


……やっぱりそれを取るのね。




次に、ソファに座っているアランに近付く。


「あなたもいる?」



こいつが不機嫌なのは十分分かるけど、いちいち気を遣うのも癪だ。


ブラッドさんなら暫くそっとしておこうと思えるけど、こいつ相手だと気を遣う気にすらなれない。




「………」


「ちょっと、聞いてるの?折角買ってきたんだから、少しくらい興味示しなさいよね」



私と私の持っている箱を交互に睨んでくるアラン。



「…んの、男たらし」

「は?」

「何でもねぇよ。これ食うわ」


アランはそう言ってスイートポテトを手に取った。
何でもないって…私の耳にはハッキリ“男たらし”って聞こえたんだけど?


お菓子をあげることが男たらしだって言うわけ?



「人の善意を何だと思ってるのよ」


「あ?」


「こっちは喜ばせようと思って買ってきたのに」



まぁ確かに私自身が金を払って買ったわけじゃないけど…買おうと思ったのは私なんだから。



しかし、アランはそんな私を見て数秒後ニヤリと笑みを浮かべた。さっきまで仏頂面だったくせに。



「食わして」


「…はぁ?」


「俺を喜ばせてぇんだろ。食わせろよ、コレ」



そんなことを言うアランの手にはスイートポテト。


それを食べさせろって…?



「何で私がそんなことしなきゃならないのよ」


喜ばせようとしただけで、奉仕したいとは言ってない。
「手ぇ動かすのも面倒なんだよ。さっさと食わせろ」


「我が儘言わないでくれるかしら?秘書は召使いじゃないの」


「ゴチャゴチャうっせぇな、反抗してんじゃねぇよ」


「何怒ってんのよ」



「――アリス」



と。いきなり後ろから降りかかってきたブラッドさんの声。


しかもそれは、私を呼ぶものだ。



「おいで。こっち」


振り向くと、そんなことを言われた。


ブラッドさんの口から“おいで”なんて言葉が出てきたことに少し驚きつつも、言う通りに近付く。


不意打ちで抱き締められたことがあるから、ある程度の距離感は保ちながら。
「…何かしら」


「どうして俺が最後なんですか」


「え?」


「帰ってきたのなら、俺に最初に話し掛けてほしかった」



いや…私としても気を遣って話し掛けなかったんだけど。



「貴方、何だか難しい顔してたじゃない」


「そんなの、当たり前です。今まで君がいなかったのに面白いはずがない」



……さらっとそういうことを言われても困る。


もう少し躊躇ったり恥ずかしがったりしながら言ってくれたらやりやすいのに。



「君のせいで仕事に集中できなかった」


「…それ、私のせいなわけ?」


「そうですよ。だから、何かしてもらわないと気が済みません。ひとまずキスでも――」


「マカロンショコラがあるわよ。どうぞ」



ブラッドさんの話を笑顔で遮り、マカロンショコラの袋を押し付ける。


不服そうな顔をしつつも、袋を受け取るブラッドさん。
「あっれー?ぶらりん、甘いの苦手じゃなかったっけ?」



その横から、ラスティ君がニヤニヤとからかうように笑った。


甘いのが苦手…?そういえば、ジャックもそんなことを言ってたわね。


全然違う生き方をしているくせに、妙なところは似ている兄弟だ。



「苦手なら食べなくていいわよ」


「いえ、別に大丈夫ですよ。君から貰った物なら何でも美味しく感じるでしょうから」


「……。」



これはツっこむべきなのかしら。


本人は真顔。冗談であってほしいけれど、どうやら彼は素で言っているらしい。




< 62 / 175 >

この作品をシェア

pagetop