マイナスの矛盾定義
ラスティ君はいつもよりも更にうざい感じの笑顔を浮かべている。


楽しくて仕方ないって思ってるわね、絶対。


相変わらず悪趣味…と心の中で呟きながら、残ったマカロンショコラのもう1つの袋を持って部屋のドアを開く。


と、アランが私を引きとめてきた。
「おい、どこ行く気だ」


「晩ご飯、まだ食べてないのよ。2階に行って食べてくるわ」



このマカロンショコラは食後に食べようと思っている。



「あ、僕も食べてないんだよね~!一緒に行こ、アリスちゃん」


甘えん坊の子供みたいに私の腕を引っ張るラスティ君。


どうやら私には断る権利はないらしい。


腕を掴むその力の強さが、それを物語っている。




「……おい。」


「なーにー?言っとくけどアランはきちゃダメだよ?早いもん勝ちだからねー。勿論ぶらりんもダメね。昨日やらなかった分の仕事あるでしょ?」



早口でそう言い、楽しげに私を部屋から連れ出す。


2日間の休暇。つまり夕方である今は一応まだ休暇なのだけど…。やっぱり、誰かの相手はしなきゃならないようね。


振り回されるのにも慣れてきた気がする。
「ひっさしぶりだよね、アリスちゃんとご飯って」


「……あんな機械仕込んでおいて、よくもまぁそんな慣れ慣れしくできるわね」


「やだなぁ、怒ってんの?ちょっとした悪戯じゃーん」



悪戯じゃ済まない場合もあるのよ、という言葉を呑み込む。


こっちは下手すりゃスパイであることがバレるかもしれなかったんだから…まぁ、そんなこと知りもしないこの子に言っても意味ないんだけど。




「機嫌直してよ。実はアリスちゃんに頼み事があるんだよね」


ラスティ君はそう言いながら、エレベーターの“2”のボタンを押す。



「…頼み事?」


「しー。エレベーターに入ってから話すよ」



そう言っているうちに、すぐエレベーターがやってくる。


他の2人…もしくはどちらか1人には聞かれたくない話ってことなのかしら?



ボックスの中に入った後、ラスティ君はいつも通りの張り付いたような笑顔で言う。


「あのさ、前にぶらりんの初恋の人の話したじゃん?」


「………あぁ、そうね」


「アリスちゃんなら聞き出せるんじゃないかなーって思って」


「何をよ?」


「んー。そうだな、まずはぶらりんと春ちゃんの出会いと別れについて話そうか」



そんなもん話されても…と思うけれど、口には出さない。
「数年前の話なんだけどさ。春ちゃんを目撃したっていう情報が来て。僕とベル、それからぶらりんで日本に行ったんだよね」


「ベルって…」


「あぁ、僕の妹の名前。その日死んじゃったんだけど」



少しだけ息が詰まった。少しも笑顔を崩さず言うから、どう反応していいか迷う。


アランからラスティ君の妹がどれだけ残酷な死に方をしたのか聞いている分余計に。



しかし、ラスティ君は何でもないというような顔で話を続ける。



「僕らは詳細を知らされないまま日本に連れて行かれたわけ。…まずここからよく分かんないっていうか。他国の凶悪犯罪者を捕まえるのに協力すること自体は多いけど…何も知らされずにとにかく捕まえろ、ってのは初めてだったんだよね」


「…今みたいに、貴方が他人にペラペラ話しちゃうからじゃないの」


「そーそー、その通り。つまり他人に安易に話しちゃいけないことってことだよ、春ちゃんのことは。それも…日本とこの国の間での機密事項って可能性が高いと思わない?」


「……ちょっと、知りすぎたら消されるような話私に振ってない?やめてよね」


「あ、ごめんごめーん。で、とにかく僕らは日本に行ったの。現場を捜索してる途中偶然、犯罪組織の奴らと出くわしてさ。しかもそれがなかなか厄介な連中で、急遽6階にいる他の人員達も呼んでその場にいる奴らは全員捕まえようとしたんだけど、」


「……」


「他の人員が来るまでの間、僕らはだいぶ苦戦しちゃって。そいつらをその場から逃がさないようにするだけでも精一杯だった。ぶらりんなんか、そいつらの1人に拳銃で頭ぶち抜かれそうになっちゃってさぁ。」


「……」


「その時だよ。春ちゃんが出てきたのは。」


「……」


「ずっとどこかに隠れてたんだろうけど、何故かその時いきなり出てきて、ぶらりんの前に立ちはだかって。ぶらりんを庇って撃たれたんだ。急所を撃たれて即死だったね」


「……」


「これがぶらりんと春ちゃんの出会いと別れ。呆気ないでしょ?でも、ぶらりんはそれ以来ずーっと春ちゃんを探し続けてる。」


「……探すって…死んだのに?」



そう聞くとラスティ君は笑みを深めた。
ちょうどその時、エレベーターが2階に到着する。



「そこだよ、アリスちゃんに聞いてほしいところは」


「…は?」


「さっきの話、なーんか聞いたことあるシチュエーションだと思わない?」



さっきの話…ブラッドさんが撃たれそうになった時、“春”が庇った話。


“私”も、ブラッドさんを庇って撃たれたことがある。


団体の奴らがニーナちゃんを人質にとった時だ。



「……ちょっと違うわ。私は死ななかったじゃない」


「同じようなもんだよ。ぶらりんを庇ったって点ではね。僕だってびっくりしてるんだけど、ぶらりんは最近アリスちゃんその物にも惹かれてるらしいんだよね」


「そんなの、一時の気の迷いよ」


「決め付けるのはよくないよー?ぶらりんが可哀想じゃん?…まぁ、そんなぶらりんの気持ちを利用しようとしてる僕が言えるような台詞じゃないけどね」


「利用…?」


「ぶらりんが惚れてるアリスちゃんなら、聞き出せるかもしれないでしょ?何で死んだはずの春ちゃんをぶらりんが探し続けているのか」


「…それが頼み?貴方から普通に聞いたらいいじゃない」



食堂までの廊下を歩く。


周りに並ぶファーストフード店から、芳しい香りがする。
「さっきも言ったけど、教えてくれないんだよ僕らには。えりりんとぶらりんしか詳しいことは知らないみたいで」


「それを私に聞き出せって言うの?国家機密なんでしょう?」


「あれれ、嫌そうな顔してんね?アリスちゃんのことだからこういう類の話にはノってくると思ったんだけどな。ほら、僕らのことについては積極的に知りたがるし」


「…国に関わるようなことに巻き込まれたくないもの」


「えー…残念だなぁ。ようやくアリスちゃんを使って長年の謎が解けると思ったのに」


「あらそう。1人で頑張って」



冷たくあしらって食堂のドアを開けると、その中はいつも通りざわざわと賑わっていた。


ただ、いつもと少し雰囲気が違う。


みんな珍しい物でも見るかのように部屋の隅のテーブルを見ている。



何かあるのかしら…と気になるけれど、人がごった返していて見えない。


背の高い人が多いから余計に見えない。


少しだけ背伸びをしてみた。見えかけたけれど、見えない。
ラスティ君はそんな私を見て吹き出す。



「ちょ、アリスちゃん面白すぎ」


「……うるさいわよ」


< 63 / 175 >

この作品をシェア

pagetop