マイナスの矛盾定義
「僕は面白すぎてどうにかなりそうなんだよ?何もしていないにせよ、まさかぶらりんが女秘書を部屋に連れ込むとはねー…アランの部屋に女秘書が押し入るのは今まで何度も見たけど、今回はぶらりんが女秘書を招き入れるとは。異例だよね、異例。アリスちゃんが来てからは、この9階の様子もいつも通りじゃなくなった。アリスちゃんが退屈な毎日を“非日常”に変えてくれた。望みを果たすまでのクソつまんねぇ時間が、ちょっとだけ愉快になったよ。ねぇ、今度は何をしてくれるの?どうやって想定外のことを起こしてくれる?全部うまくいくってのもいいけど、それじゃつまんねぇじゃん?スパイスこそが新たなる萌えを生むと思うんだよね。ゲームみたいで楽しくない?アリスちゃんは、僕のことを適度に追い詰めてくれたらそれでいい。その後で――報復としてメッチャクチャにいたぶってやるのが最ッッ高なんだよね!」



1人興奮したように意味の分からないことを言い、高笑いをするラスティ君。


趣味の悪さに呆れ、私は溜め息を吐き出す。



そして、

「あらそう。じゃあこれは想定外かしら?」


と言って――ラスティ君の股間を蹴り上げた。


勿論手加減はしたけれど、この壁に追い詰められた状態のままだと仕事が進まないから、少し退いてもらうことにしたのだ。



「――…ッ」


さすがに予想していなかったのか、驚いた表情を見せつつ痛みに耐えるラスティ君。


私はするりとラスティ君から離れ、ダンボールを持ってエレベーターへ向かう。


秘書はくだらないことを聞く仕事ではない。
「痛…ッてぇ…。…ッハハハハハ!やってくれるねアリスちゃん。僕に対してこんなことする秘書なんて今までもこれからもいないよ」


「今のはあきらかに仕事の邪魔だったもの」


「アリスちゃんって怖いよねー。僕のココ、痛めつけられて泣いてるよ?アリスちゃんに優しく慰めてほしいなぁ」


「いっそ噛み付いてやろうかしら」



私の返答にラスティ君は吹き出す。


セクハラな発言をしておいて、その態度。


私をからかって遊んでいるとしか思えない。いつものように。



痛がりつつも面白そうに笑っている不気味なラスティ君を置いて、エレベーターの前に着いた。


私は昨日紙に書いてもらった連絡先を取り出し、内部用の携帯に登録していく。


その後エレベーターに乗りメールを確認すると、既に受信されているメールが4通。




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From:チャロさん
Sub:Charoでーす
気軽に連絡してねd(゚∀+゚)
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From:陽(変態)
Sub:
やっほーアリスちん♡
この組織の豆知識教えようか?
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From:ニーナちゃん
Sub:アリスさんへ

なかなか会える機会も
少ないので、
アリスさんにメールができて
とても嬉しいです。
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3人共早速送ってきてくれてる…。


午前の仕事が終わったらまた返そう。


ん…?でももう1通来てる。




――――――――――――
From:??????
Sub:
登録しておけ
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最後のメールを開くと、まだ登録していないアドレスからだった。


誰…?と不審に思っているうちに、エレベーターが5階に着く。


私は携帯をポケットに入れて、ダンボールを運び出した。


後で『誰ですか?』とでも返信しておこう。




5階は、いつもより人が多く騒がしい。


心なしか向こうからプールの匂いがしてくる。


もう夏だし、この階にあるプールが使えるようになったのかもしれない。


ていうかラスティ君、5階に運べなんて言ってたけど…5階のどこよ?


適当に置いといていいのかしら?



キョロキョロしていると、ふと見知った顔を見つけた。


モカブラウンの髪に、グリーンの瞳。


話し掛けたら駄目かもしれないと思い、そのまま荷物を置いて去ろうとすると。


「おい」


低く色気のある声が私を呼び止めた。
「…何?アラン」


「お前、今さらっと俺を無視して行こうとしただろ」


「別に無視ってわけじゃないわよ。にしても、ここで何してるの?」


「何もしてねぇよ。今日は緊急要請がない限りフリーだからな」


「ふーん…私もそろそろお昼休みだし、どこかで休憩しようかしら」


「なら俺と何か食べるか?」


「え?」


「プールの近くに売店があんだよ。そこにセルフサービスのかき氷がある」


「あら、奢ってくれるの?」


「話飛びすぎだろ。この強欲女」


「うるさいわよ。この乱暴男」



お互い睨み合った後、自然と同じ方向に歩き始める。


その売店とやらは行ったことがないし、何か冷たい物が食べたい気分だった。


プールに近付くにつれて、はしゃぐ声や水音が聞こえてくるようになる。


廊下を歩く人の中にも水着を着た人がちらほらいる。


カーブになった廊下をそのまま歩いていくと、売店らしき所に着いた。


人が大勢いて、2階の食堂とまではいかなくても、それなりに賑わっている。
アランは入り口近くのかき氷機の前で止まった。


横には入れ物とシロップが並んでいる。これを使って自分で入れるみたいね…。


アランは早速2つのカップを置き、かき氷機のスイッチを入れた。


アランのかき氷にはシロップを大量に入れてやろう…という悪戯心が湧いてくる。


「何味にするの?」と聞くと「メロン」と短く返ってきたので、メロンのシロップの入れ物を手に取って待った。


氷が入り終わると、私はすぐにシロップを氷にかけようとした。



しかし、タイミングが悪かったのか――シロップはアランの手にも思いきりかかってしまった。



途端、アランは冷ややかな視線を向けてくる。


さ、さすがに手にかけるつもりはなかったのだけど…。


「ごめんなさい、手洗い場なら向こうにあったはずよ」


謝罪すると、アランの目付きが変わった。



「何?聞こえねぇんだけど」


「手洗い場は…」


「違う、さっきの。もっと申し訳なさそうに」


「…悪かったわよ、ごめんって言ってるじゃない」



少し不服そうな声になってしまったが、アランは満足したのか不気味な笑みを浮かべる。
「あぁ、じゃあ汚したのお前だから舐めろよ。そしたら許す」


……全然満足していなかったようだ。


こいつ、私が下手に出てるからって調子乗ってない?



「嫌よ」


「あ?」


「だから、嫌だって言ったの」


「俺の手綺麗とか言ったの、どこのどいつだ?」


「それとこれとは別でしょ?確かに貴方の手は綺麗だけど…」



言い終わる前に、アランはいきなりシロップの付いていない方の手で私の鼻を摘んできた。


何だと思って口を開けると、すかさずシロップが付いている方の指が私の口内に入ってくる。


「……ッ」


「噛むなよ?ちゃんと舐めろ。噛んだら叩くからな」


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