マイナスの矛盾定義
この一本道で等間隔に付けられてるのだから、カメラに映ることは避けられない。


でもこのくらいは想定内。


今ラスティ君がチェックするのは問題が起きた時だけと言った。


問題を起こさなければいい…バレることなく情報を消去することができれば。




「このドア割とすぐ閉まるから、アリスちゃんは僕の後について早めに入ってきてね」


そう言って設置されている機械に目を合わせるラスティ君。


重たそうなドアが開く。その中にまた同じようなドアがあった。


げ…二重って…しかも、今のって網膜認証よね?


ラスティ君は慣れた動きで2つ目のドアの横に設置されている機械に指を置く。


2つ目のドアも開いた。


何台ものコンピューター、見たこともない大きな機械。どこまでも続く棚の中には、ギッシリとファイルが詰まっている。中には古いビデオのような物もある。


ここが情報管理室。思っていた以上に広い。


この部屋に来るまでに網膜認証と指紋認証が必要…まずいわね、本当にラスティ君がいないと入ることすら難しい場所じゃない。
「どう?ご感想はー?」


「…そうね、何だか難しそうな機械ばかりだわ」


「そんなに難しくないってー。使い方は一般的なやつとそう変わらないよ?それにこれからアリスちゃんに機械の点検してもらうんだから、難しく考えてもらっちゃ困るなぁ」



ラスティ君は部屋の中心にそびえ立つ機械に手を添え、再び網膜認証をした。



「これねー、この部屋の情報のほぼ全部を管理してる機械なんだよね。これでこの部屋にある機械の点検もできんの。あ、まだこっち来ないでね。いくつかパスワード入れないといけないから」



手際よくタッチパネル式の画面に何かを打ち込み、その後手招きで私を呼ぶ。



「ここが情報の纏められてるページ。ここで画面を切り替えていって、文字化けしてるのがあったらその機械がどっか壊れてるってことだから、この上に表示されてる番号メモしといて。情報量が多いからか、たまーに故障してるのがあるんだよね」


「……結局雑用させられるのね」



呆れた声を出しつつ、私はさり気なく周りの監視カメラの位置を把握する。






さて、どうしようかしら…もし次ここに来ることができたとしても、それはまた点検の時になるだろうし。


そもそも点検の手伝いだろうが何だろうが、ただの秘書がこの部屋に入っちゃ駄目なのよね。


いくらラスティ君の手を借りたとしても、これはちょっと難しすぎるんじゃない?第一、そのラスティ君にバレるのもまずいんだし…。
――そんなことを考えていた、その時。ラスティ君の携帯が震えた。


ラスティ君はポケットから携帯を取り出し、画面を見てクスリと笑う。


メールかしら…?と思っていると、ニコリとこちらに笑いかけてきた。



「ごっめーん。ちょっとこれから用事できちゃってさ。30分くらいで戻ってくるから、作業進めててよ」


そう言ってスキップしながら部屋を出て行くラスティ君。


私はポカンとしながら消えていく後ろ姿を見つめる。


……え?ちょっと、いいの?それ…。


ここって情報管理室なんでしょう?言わばこの組織の一番重要な部分であるはず。


しかも、今は情報が纏められているページのパスワードまで解除してる状態よ?


そんな状態で私を1人この部屋に置いておくなんて…。



「……ふっ…」


思わず漏れた笑い声。
何が最も恐れられている情報管理組織よ。案外簡単だったじゃない。


この状況であれば、ここにあるかなりの情報を書き換えることも消去することもできる。


都合が良いことに、監視カメラがついてるのも画面の反対側だし…何をしているかなんて分からない。



今なら――私たちの組織の情報消去をして、さっさとこの組織での活動を終わらせてしまうことができる。


ただ、後からこの機械を調べれば私が何かしたとバレる可能性もあるし、この組織に長居するのは危険になるだろう。


明日にでも秘書を辞めると言って、もしバレたとしてもその頃に私はこの組織内にはいないようにしなければならない。




でも、目の前にある機械で情報の消去をすればもう終わる…。


それに、こんな機会はきっともうない。


またこの階に来られるようになったとしてもそれがいつになるか分かったもんじゃないし、その時今みたいな好条件が揃うとは考えにくい。



「―――…」



私はコンピュータを操作し、新たなるページに侵入していく。
犯罪組織絡みの情報が纏められているページを探し出し、“クリミナルズ”と書かれている部分をタッチした。


大量の文章データが表示される。


よくもまぁここまで…でも、これくらいなら10分以内には全て消去できるわね。


私は更に操作し、データを消していく。


こういうコンピューター作業は得意ではないものの、過去に何度もやってきた。


クリミナルズの生い立ち、現在の様子、確認情報…。様々なことが書かれていた。


確かにここまで情報を得られているのは危険かもしれない。消さなきゃいけないのも理解できる。


私は安堵と疲れの混じった溜め息を吐き――…



















「ふーん、クリミナルズの情報消去…か」






次の瞬間、慄然とさせられた。
反射的に身体が跳ね上がるように動き、身構える。



真後ろに立っていたのは――…愉しげに八重歯を見せる、ラスティ君。



鼓動が一気に速まる。


どうして、いつの間に。気配が全くなかった。しかも、見られた。


どうする?どう誤魔化す?焦るな、落ち着け。考えろ。


何か抜け道があるはずだ。


返答は遅くてもいい、それより駄目なのは早まって安易な答えを返してしまうこと。


相手は優秀組の1人。道理にかなう誤魔化し方でなければ、一気にボロが出る。


怪しまれたら終わりだ。


どうする、どうする、どうする――。



「アリスちゃんも大変だね、お仕事ご苦労様」


顔色1つ変えていない。いつもの張り付いたような笑顔が、逆に恐ろしく感じる。
「もうちょい楽しんでも良かったかもしれないけど、アイツの駒が傍でウロチョロすんのもそろそろ限界かな。いや――形勢逆転してやるのが待ちきれなくなったっつーのが正しいか」


アイツ?駒?


――待って。私は何か見落としてる。


この組織に秘書として入る前、シャロンが何か言った。


何か、重要なことを…。



「僕をもっと楽しませてね?クリミナルズの幹部のアリスちゃん」



心拍数がさっきよりもずっと多くなった気がする。




「…何よそれ。クリミナルズって犯罪組織の?私がその幹部だって言うの?っていうか、貴方30分で戻ってくるんじゃなかったの?まだ5分も経ってないじゃない」


「可愛いなぁ…息が少し乱れてるし、表情も強張ってる。焦ってんの隠しきれてないよー?…あぁ、そうそう」


ラスティ君の指が、私の右耳に触れる。


「――僕の大っっっ嫌いなヤツと同じそのピアス…そろそろ外してくれる?見てて胸糞悪ぃんだよね」



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