マイナスの矛盾定義
「どこを見て言ってるんです?ちゃんと俺を見て言わないと、それは俺に対して言ったことにはなりませんよ?」


――てはいなかったようだ。
「何なのよ、図々しいわね…」


「罰ゲームですからちゃんとしてもらわないと…ほら、俺の目を見て」



全力疾走して逃げたい気分なのに、両手はブラッドさんに掴まれている。



無理だと分かっていてもソファにいるアランに目で助けを求めてしまう。


しかし、アランは珈琲を飲みながら私とブラッドさんをじーっと見ているだけ。




「アリス?早くしないと、俺にも仕事があるんですよ?」


「……。…好き」


「聞こえませんね。もう1度、今度は俺の名前を呼んでから言ってください」


「あああああああ、もう…ッ!注文増やしてんじゃないわよ!もう言わない!」



勢いよくブラッドさんの手を振り解き立ち上がる。


私の様子を見て、珍しくクスクスと嬉しそうに笑うブラッドさん。
そんな笑顔初めて見たんだけど…なんて困惑していると、後ろからフッと嘲笑うような笑いが聞こえた。



「それくらいさらっと言えねぇのかよ」


…アランだ。挑発的な笑みが鬱陶しい。



「うるっさいわね…貴方は言えるわけ?」


「あぁ、言えるけど?ちょっとこっち来てみ」



自分で動く気はない様子のアランに、溜め息を吐きつつ近付いた――と同時に、いきなり胸倉を掴まれた。


そのまま引っ張られ、耳元に息が掛かる。



「好きだ」



甘ったるい響きが鼓膜を震わせる。


耳がぞくっとして、慌てて離れた。何今の声。どっから出してんのよ。


何となくススス…と後退る。耳の変な感じがなかなか消えてくれない。




そんな私に、ニヤニヤと笑うアラン。


「お前さぁ、男慣れしてるようで反応がウブだよな」


「…セクハラやめてくれる?」



そもそも私、そんなに軽そうな外見なわけ?


唇へのキスすらブラッドさんが初めてだったっていうのに…。
「仕方ないよ、アリスちゃん処女だしね~」



私の思考と重なるように発された唐突なラスティ君の一言。アランの動きが止まる。


何勝手に人の性経験について暴露してんのよ、と私はラスティ君を睨んだ。



「あ、ごっめーん。秘密にしておくつもりだったんだけど、この状況だとバラした方が面白いかなって思ってさ」


「貴方のデリカシーの無さには驚きだわ…」


「えー。でもアリスちゃん、そういうの気にしないタイプでしょ?」



こいつ、ちょっとは女性に対する扱いを学んだらどうかしら。


気にしないからってそういう下の話を言いふらされるのはあまり良い気分がしない。



ふとアランを見ると、口元を押さえ、何故か色っぽい目付きで私を見てくる。



「エロ…」


「はぁ?」


「その外見で処女って…エロいだろ」


「ちょっと言ってる意味が分からないんだけど…」



とりあえず変態発言をしていることだけは分かる。


私は更に後退り、アランと距離を置いた。



嫌な予感がしてブラッドさんの方を振り向くと、「君は何も心配しなくていいですよ。俺が全部教えますから」と案の定私の初体験を貰うことを仮定とした話を振られた。




……今更ながら、ラスティ君に余計なこと言うんじゃなかった。
――それから何も無いまま、ラスティ君の言っていた“2日後の夜”がやってきた。






当たり前だけれど、6階でスパイらしき人物はまだ見つかっていないようで。


徐々に疑いの目が6階にいるメンバー以外にも向けられるようになってきている。



部屋の中で思考を巡らせ続けてはいるけれど、やはりいい案は思い浮かばず。


私は溜め息と共に髪を掻き上げた。



内部用の携帯がポケットの中で震え、いちいちビクついてしまう。


エリックさんからのメールじゃないでしょうね…あの人なら「お前、スパイか?」と直球で聞いてきそう、なんて思いながら携帯を開く。





――――――――――――
From:陽(変態)
Sub:
もう1つ豆知識がある
聞きたいか?
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……予想外なことに、陽からだった。


私が追い詰められてることも知らないで、ほんと暢気な奴ね。
――――――――――――
To:陽(変態)
Sub:
今忙しいのよ
後にして
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直ぐに返信が返ってきた。




――――――――――――
From:陽(変態)
Sub:
9階からなら屋上に行ける

俺行ったことないからさ、
写真撮ってきてくんね?
――――――――――――




こいつ…文字が読めないのかしら?


忙しいって言ってんのに、屋上の写真撮ってきてって…気遣いの欠片もありゃしないわね。


そんな暇ないっての…。


私は時間の無駄だったと携帯と目を閉じ、壁にもたれ掛かる。
そして、数秒後目を開いた。


「………屋上」


ポツリと呟く。


そうだ、屋上があるじゃない。


実際行ったことはないけれど…アラン達の部屋の前の廊下を真っ直ぐ行ったところに道があるのは確認済みだ。


多分、あの道から屋上に行ける。



同時にあることを思い付き、私は導かれるように部屋の棚からジャックに貰った薬を取り出す。


この薬は即効性だとジャックが言っていた。


これと屋上を使えば何とか逃げられるかもしれない。


それに、もう他に道はない。





――でも先に、あのピアスを取り返さないと…。


あのピアス…連絡手段である以前に、シャロンが私を仲間として受け入れてすぐ私にプレゼントしてくれた物だ。
部屋から出ると、調度良いタイミングでラスティ君が廊下を歩いているのを見つけた。


私は不意をつくようにしてラスティ君に後ろに回り、素早く手を滑らせて服のポケットを確かめる。


しかし、

「…ない」


薄着だし、どこかに持っていたらすぐ分かると思ったんだけど…。



「アリスちゃんってばセクハラ~」


冗談めかして笑う目の前のガキに怒りが芽生えるばかり。



「答えて。ピアスはどこ?」


「この体勢、何か抱き締められてるみたいじゃない?ぶらりんに見られたら僕殺されちゃうなー」


「戯れ言は余計よ」


「ダメだよ、力じゃ僕に敵わないんだから安易に近寄らずに刃物でも持って脅さないと」


「持ってたらとっくに貴方を刺してるわ。で、ピアスはどこ?」



そう言って服の上から爪を立てると、ラスティ君は楽しくて仕方がないとでも言うように不気味な笑顔を私に向けた。
「アリスちゃん、そろそろ焦ってきた~?僕は別にいいんだよ、今更あのピアスでお仲間さんに連絡したってどうにもならないだろうしね。寧ろそっちの方が萌えるっていうか?仲間が助けを求めてきたのに救えない――そんなもどかしさを味わってもらうのもなかなかいいよね。それとも、失敗したアリスちゃんはあっさり見殺しにされちゃうのかな?」



……こいつは、これまでこうやって人を玩具のように扱ってきたのね。



「何もかも自分の思い通りになるとお考えかしら?」


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