マイナスの矛盾定義
妹のニーナちゃんもリバディーの受付嬢をやっているのに、どうしてこの人だけ…。
まぁ、私には関係ないし、今はそんなことを気にしてる暇ないけれど。
私の目的は――
20歳までに普通の体に戻る方法を見つけ出し、不老不死ではなくなることだ。
私は20歳前後で完全体、つまり完全な不老不死になると言われている。
完全体になるとそこから成長は止まり、怪我をした後の再生時間も短くなる。
そうなるともう普通の体に戻るのは難しい。
だから、それまでに解毒剤のような物を探さなければならない。
私に施された毒――
それは、研究者である父が実の娘の私に与えた薬。
あの時から私は、実験体として生きてきた。
研究所から逃げ出す前までは。
「ねぇ、あの薬を飲んだら完全体になるまでの期間が半年延びるっていうのは確かな話よね?」
私の髪を切り始めたジャックに聞く。
あの薬――
ジャックから貰った、私が建物の10階から飛び降りる際に飲んだ薬だ。
あの薬によって完全体とほぼ同じくらいの再生能力を一時的に得た私は、飛び降りて死んだ直後から肉体の再生が始まり、1分も経たないうちに意識が戻った。
そこから急いで近くにいるはずの迎えを探し、ジャックの車を見つけ、それに乗って逃亡してきた。
できることならシャロンの手は借りたくなかったけど…窮余の一策、というやつだ。
「まだあの薬を飲んだのは1回目だろ?なら、半年は十分に延びるはずだ。ただ…2個目、3個目となってくると徐々に効かなくなってくると思うよ。君の体に関しては未解明なことが多いんだ。期待しない方がいい。それに、俺だってあの薬をそう簡単に持ち出せるわけじゃないし、つくれるわけじゃない。だから君に渡した2つが最後だったってのに…君ってば1つ俺に飲ませちゃうんだもんな」
「貴方、信用できないんだもの」
「ふーん…でも、ここに居る間は信用してくれていいと思うよ?責任持って君を預かるつもりだし」
「口約束ってかなり信憑性薄いわよね」
「厳しいな。この3日間何もしなかったじゃないか」
「これからするかもしれないわ」
そう、あんな研究に関わっている奴を信用しきるわけにはいかない。
いつ実験体として研究所に差し出されてもおかしくはない。
第一、シャロンが私を預けたからといって安全な人間とは限らない。
安全な人間だから大丈夫なのではなく、私なら何かあってもどうにかできると思っての“大丈夫”なのだ。
念の為、私はこの家に来て最初に部屋の奥にあった拳銃を盗み出している。
ジャックは脱獄者だ。
家を借りられる知り合いなんてそういう世界の人間しかいないだろう。
この家にはまだ沢山物騒な物があるはずだ。
一応他にも何個かそういった類の物を盗んでおいた方がいいわよね…なんて考えていると、
「シャロン君から預かってる間は何もしないよ。彼に殺されてしまうからね」
ふふっとおかしそうに笑われた。
なるほど…善意で私を預かっているって言うよりは、そっちの方が信憑性がある。
かと言って油断はしないけれど。…どこかの悪趣味野郎に嵌められてから、私は少しばかり疑心暗鬼になっているみたいだ。
いや、前の私が油断しすぎだったのかもしれない。
もっと怪しめば良かった。
あんなに簡単に事が運ぶわけがないのに。
――私は、失敗をした。
「ラスティ君を知ってる?」
「あぁ、優秀組の1人だろ?」
「えぇ。彼、私が秘書として初めて会った時様子がおかしかったの。私のピアス――シャロンとお揃いの物を見て叫んだり笑い出したり…驚いて深く考えられなかったけど、あの時点で気付かれたことに気付くべきだったわ」
「へぇ。てっきりブラッドが君のことに気付いたのかと思ってたんだけど違うのか」
「ブラッドさんは私がスパイだってことには気付いてなかったはずよ。ただ、ずっと私が春に似てるって言ってた」
「………本当に執着してるんだな」
一瞬ジャックの声のトーンが変化したように思えて鏡越しに見てみたが、特に変わった様子は無かった。
「彼、春が初恋の相手らしいのよ。最初は覚えてなかったけど、話を聞いているうちに私のことを言ってるんだって分かった。私が研究所から逃げた時、リバディーの連中も私を捕まえようと追って来ていたの。私は、シャロンに出会うと同時にブラッドさんにも出会っていたんだわ」
そう、それは私が研究所を逃げ出してから数日後の事。
最初の数日間は何とか逃げ続けていたものの、指名手配された私はすぐに周囲の一般人に通報され、居場所を特定されてしまった。
できるだけ遠い場所へ逃げようとしたけれど、追っ手は既にそこまで来ていて。
―――そんな時。
私の存在に興味を抱き集まっていたクリミナルズのメンバーと、私を追っていたリバディーのメンバーが鉢合わせした。
リーダーであるシャロンもその場に居た為か、リバディー側は最優先事項を私の捕獲からシャロンの捕獲に変更。
その時の私に詳しい状況は分からなかったが、唐突に銃撃戦が始まった。
弾の影響がない物陰に身を潜め、逃げ去るタイミングを窺っていた私。
そんな時だった、1人の男が負傷した男の心臓に銃口を向けているのが目に入ったのは。
負傷した男は既に何発か被弾しているのか、苦しそうに地面に手を付きながらもう一方の男を見上げている。
――この時の負傷していた男が、ブラッドさんだったんだろう。
私は思わず走り出し、ブラッドさんを庇うようにして撃たれた。
――その時私を撃ったのが、シャロンだ。
意識がなくなる直前、また研究所に逆戻りだと絶望した。
でも、シャロンはそんな私を拾ってくれた。
クリミナルズの内部では“現在指名手配されている春という人間が不老不死としての実験を受けていた”という情報が一部で話題になっていたらしく、半信半疑ながらもすぐ私の死体を持って帰ったと言っていた。
まさかあの時の男の人がリバディーの司令官だったなんてね…。
でも、私はもう春じゃない。
私の中の春は、シャロンが私にアリスという名前をくれた日に捨てたつもりだ。
私はもう、彼が好きな春じゃない。
もう実験体なんかにはならない。
ただ――今回の失敗によって、クリミナルズがリバディーから更に目を付けられるようになってしまったのは間違いない。
「貴方は人をどうやって騙しているの?」
「うん?」
「…私は騙す側でなくてはいけないのに、騙されたから」
切られた私の金髪が床へ落ちていく。
「やっぱり、その人間の予想を上回らないといけないね。完璧に騙したいなら、何重にも真実を隠す必要がある」
「ふーん…」
「そう落ち込むなよ」
「落ち込んでるわけじゃない。私が甘やかされていることに腹が立つの」
「へぇ、何故?」
まぁ、私には関係ないし、今はそんなことを気にしてる暇ないけれど。
私の目的は――
20歳までに普通の体に戻る方法を見つけ出し、不老不死ではなくなることだ。
私は20歳前後で完全体、つまり完全な不老不死になると言われている。
完全体になるとそこから成長は止まり、怪我をした後の再生時間も短くなる。
そうなるともう普通の体に戻るのは難しい。
だから、それまでに解毒剤のような物を探さなければならない。
私に施された毒――
それは、研究者である父が実の娘の私に与えた薬。
あの時から私は、実験体として生きてきた。
研究所から逃げ出す前までは。
「ねぇ、あの薬を飲んだら完全体になるまでの期間が半年延びるっていうのは確かな話よね?」
私の髪を切り始めたジャックに聞く。
あの薬――
ジャックから貰った、私が建物の10階から飛び降りる際に飲んだ薬だ。
あの薬によって完全体とほぼ同じくらいの再生能力を一時的に得た私は、飛び降りて死んだ直後から肉体の再生が始まり、1分も経たないうちに意識が戻った。
そこから急いで近くにいるはずの迎えを探し、ジャックの車を見つけ、それに乗って逃亡してきた。
できることならシャロンの手は借りたくなかったけど…窮余の一策、というやつだ。
「まだあの薬を飲んだのは1回目だろ?なら、半年は十分に延びるはずだ。ただ…2個目、3個目となってくると徐々に効かなくなってくると思うよ。君の体に関しては未解明なことが多いんだ。期待しない方がいい。それに、俺だってあの薬をそう簡単に持ち出せるわけじゃないし、つくれるわけじゃない。だから君に渡した2つが最後だったってのに…君ってば1つ俺に飲ませちゃうんだもんな」
「貴方、信用できないんだもの」
「ふーん…でも、ここに居る間は信用してくれていいと思うよ?責任持って君を預かるつもりだし」
「口約束ってかなり信憑性薄いわよね」
「厳しいな。この3日間何もしなかったじゃないか」
「これからするかもしれないわ」
そう、あんな研究に関わっている奴を信用しきるわけにはいかない。
いつ実験体として研究所に差し出されてもおかしくはない。
第一、シャロンが私を預けたからといって安全な人間とは限らない。
安全な人間だから大丈夫なのではなく、私なら何かあってもどうにかできると思っての“大丈夫”なのだ。
念の為、私はこの家に来て最初に部屋の奥にあった拳銃を盗み出している。
ジャックは脱獄者だ。
家を借りられる知り合いなんてそういう世界の人間しかいないだろう。
この家にはまだ沢山物騒な物があるはずだ。
一応他にも何個かそういった類の物を盗んでおいた方がいいわよね…なんて考えていると、
「シャロン君から預かってる間は何もしないよ。彼に殺されてしまうからね」
ふふっとおかしそうに笑われた。
なるほど…善意で私を預かっているって言うよりは、そっちの方が信憑性がある。
かと言って油断はしないけれど。…どこかの悪趣味野郎に嵌められてから、私は少しばかり疑心暗鬼になっているみたいだ。
いや、前の私が油断しすぎだったのかもしれない。
もっと怪しめば良かった。
あんなに簡単に事が運ぶわけがないのに。
――私は、失敗をした。
「ラスティ君を知ってる?」
「あぁ、優秀組の1人だろ?」
「えぇ。彼、私が秘書として初めて会った時様子がおかしかったの。私のピアス――シャロンとお揃いの物を見て叫んだり笑い出したり…驚いて深く考えられなかったけど、あの時点で気付かれたことに気付くべきだったわ」
「へぇ。てっきりブラッドが君のことに気付いたのかと思ってたんだけど違うのか」
「ブラッドさんは私がスパイだってことには気付いてなかったはずよ。ただ、ずっと私が春に似てるって言ってた」
「………本当に執着してるんだな」
一瞬ジャックの声のトーンが変化したように思えて鏡越しに見てみたが、特に変わった様子は無かった。
「彼、春が初恋の相手らしいのよ。最初は覚えてなかったけど、話を聞いているうちに私のことを言ってるんだって分かった。私が研究所から逃げた時、リバディーの連中も私を捕まえようと追って来ていたの。私は、シャロンに出会うと同時にブラッドさんにも出会っていたんだわ」
そう、それは私が研究所を逃げ出してから数日後の事。
最初の数日間は何とか逃げ続けていたものの、指名手配された私はすぐに周囲の一般人に通報され、居場所を特定されてしまった。
できるだけ遠い場所へ逃げようとしたけれど、追っ手は既にそこまで来ていて。
―――そんな時。
私の存在に興味を抱き集まっていたクリミナルズのメンバーと、私を追っていたリバディーのメンバーが鉢合わせした。
リーダーであるシャロンもその場に居た為か、リバディー側は最優先事項を私の捕獲からシャロンの捕獲に変更。
その時の私に詳しい状況は分からなかったが、唐突に銃撃戦が始まった。
弾の影響がない物陰に身を潜め、逃げ去るタイミングを窺っていた私。
そんな時だった、1人の男が負傷した男の心臓に銃口を向けているのが目に入ったのは。
負傷した男は既に何発か被弾しているのか、苦しそうに地面に手を付きながらもう一方の男を見上げている。
――この時の負傷していた男が、ブラッドさんだったんだろう。
私は思わず走り出し、ブラッドさんを庇うようにして撃たれた。
――その時私を撃ったのが、シャロンだ。
意識がなくなる直前、また研究所に逆戻りだと絶望した。
でも、シャロンはそんな私を拾ってくれた。
クリミナルズの内部では“現在指名手配されている春という人間が不老不死としての実験を受けていた”という情報が一部で話題になっていたらしく、半信半疑ながらもすぐ私の死体を持って帰ったと言っていた。
まさかあの時の男の人がリバディーの司令官だったなんてね…。
でも、私はもう春じゃない。
私の中の春は、シャロンが私にアリスという名前をくれた日に捨てたつもりだ。
私はもう、彼が好きな春じゃない。
もう実験体なんかにはならない。
ただ――今回の失敗によって、クリミナルズがリバディーから更に目を付けられるようになってしまったのは間違いない。
「貴方は人をどうやって騙しているの?」
「うん?」
「…私は騙す側でなくてはいけないのに、騙されたから」
切られた私の金髪が床へ落ちていく。
「やっぱり、その人間の予想を上回らないといけないね。完璧に騙したいなら、何重にも真実を隠す必要がある」
「ふーん…」
「そう落ち込むなよ」
「落ち込んでるわけじゃない。私が甘やかされていることに腹が立つの」
「へぇ、何故?」