「家族が欲しい」とは言ったけれど
 仮病で授業を抜け出し、校舎の屋上へ向かった私は、あの時、何を考えていたのか、今ではもうよく覚えていない。
「江梨子!」
 私を呼ぶ声に振り向くと、尚は息せき切って駆けつけてきた。
「何してるんだよ!?」
 怒ったような、悲しそうな顔で問われても、自分が一体何をしようとしたのか答えられず、
「尚こそ、どうしたの?授業は?」
「今、そんな話はしてない!」
 突然、力いっぱい抱きしめられた。
「つらいなら、俺がいくらでも付き合うから……馬鹿な真似だけはしないでくれよ!」
 私は、あまりに突然の母の死を、ずっと受け入れられず、泣くことすらできなかったのだが、その時はじめて、涙がポロリと溢れ、そのまま慟哭した。
 小さい頃から、何故かどうしても人前で泣けなかった私は、尚にもそれまで一度も涙を見せたことはなかった。
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