シノミヤ楽器店のひととき
二人で美術館へ
もうすっかりシノミヤ楽器店に行くのも慣れてしまい、簡単な曲もいくつか弾けるようになってきた。
奏音さんのお誕生日以降、自分自身の奏音さんへの好意に気づいてしまってからは、普段通りに接することができているか不安だけれど、どうにか上手くやれていると思う。
そんなわけで、今日は初めての奏音さんとのお出かけだ。
デート、と言ってもいいのかもしれないけれど、恥ずかしいやらおこがましいやらで、自分にこれはただの「お出かけ」だ、と言い聞かせる。
昨晩、何を着ていこうか、メイクは、髪型は、と散々シミュレーションして決めたくせに、いざ当日になってみると、本当にこれでいいの?と不安になって、準備に手間取ってしまった。
乗車予定の電車が出発するまで、残り15分を切っている。朝ごはんを胃に流し込むように食べて、急いで家を出た。
履き慣れないちょっとおしゃれな靴で、駅まで走る。ああ、絶対靴擦れするなぁ、と心の中で後悔しながらも走り続け、駅についた。
崩れた髪を整えながら、駅のコンビニで絆創膏を買ってホームに向かうと、そこにはいるはずのない、奏音さんさんの姿があった。
一瞬人違いかな、と思ったけど私が奏音さんを見間違えるわけがない。でも、待ち合わせは9時にシノミヤ楽器店のはずだった。
まだ7時58分。大遅刻したわけでもないし、とあれこれ考えていると、
「あ、優波ちゃん、おはよう」
と奏音さんが私に気づき、こちらに向かってきた。
「おはようございます!…何でここに?」
おそるおそる聞くと、
「特に深い意味はないんだけどね。わざわざうちまで来てもらうのも二度手間になっちゃうし、なんかなぁ、て思って来ちゃった」
奏音さんはけろっとした顔でそう答えた。
「連絡してくれたらよかったのに…私が別の時間の電車に乗ってたらどうしたんですか⁈」
と反論する。
「確かに…連絡先交換した意味ないじゃん、何やってんだろ、僕…。でもこの電車一時間に一本しかないし、結局会えたから大丈夫でしょ?あ、ちょうど電車来たから乗ろっか」
車内は、日曜なだけあってかなり空いていた。
私が座席の隅に座ると、奏音さんもそのすぐ隣について、腰を下ろした。
…近い。
いつもは大抵小さな机ひとつ分の距離があるのに、今にも肩が触れそうなくらいまで近くに奏音さんがいる。こんなに近い距離は、初めてヴァイオリンの構え方を教えてもらったとき以来だ。あのときはまだ奏音さんに好意を持っていなかったから大丈夫だったけど、今は違う。せめて今だけでも、あの頃の気持ちに戻りたい。
ちらりと横目で奏音さんを見ると、電車に揺られて気持ちよくなったのか、少しうとうとしていた。
かわいい。
三つ年上ではあるけれど、眠たそうな奏音さんは幼い子どもみたいに見えて、ちょっと抱きしめたくなるくらいにはかわいかった。
そんな奏音さんを見ていると、なんだか私も眠たくなってきて、そっと目を閉じ、眠りについた。
とんとん、と優しく肩をたたく感触で目が覚める。はっと隣を見ると、くすっと笑った奏音さんが
「おはよう。よく眠れた?」
と私を起こしてくれたのだ。
「あ、はい…。日曜にしては早起きだったので、ちょっと眠くなっちゃいました。奏音さんにつられちゃったのもあるけど」
「ふふ、もしかして寝顔見られちゃった?僕の方が寝落ち早かったか。そろそろ到着だから、降りる準備しよう」
そうして電車を降りた後、駅のすぐ近くにあった美術館に入館した。
何ともいえない美術館の空気にのまれた私たちは、黙々と絵画や芸術品たちを鑑賞し続けた。
時々、奏音さんが絵画を指さして
「これ、すごいね」
と口パクしていたり、それにコクリとうなずき返したりするだけで会話はなかったけど、並んで同じものを鑑賞できるのが楽しくて、あっという間に時間は過ぎていった。
美術館をでると、奏音さんは
「はぁーっ、疲れたけど楽しかった。お腹空いたし、何か食べに行こうか」
と言って大きなあくびをした。
「奏音さん、最近お疲れ様ですか?」
気になったことを聞いてみる。
「いや、昨日久しぶりに力仕事したのに加えてちょっと寝不足だったからね。気にするほどでもないよ、ありがとう。ところで、優波ちゃんは何食べたい?」
大したことはなさそうなので、ひとまず安心した。
「うーん、ここら辺に何があるかもよく知らないので、奏音さんチョイスでお願いしてもいいですか?」
「わかった。たしか、この近くに評判の良い喫茶店があったはずだから、そこに行こうか」
と、お目当ての喫茶店に向かった。
「メニューいあっぱいあるね。何にしようかなー、優波ちゃんも好きなのいっぱい頼んでいいよ。今日は僕のおごりだから」
「いや、申し訳ないです…」
「高校生に払わせるなんてできないよ。それに優波ちゃんにはいつも美味しいスイーツもらってるし、おかえしさせて?」
「じゃあ、お言葉に甘えて…」
私はサンドイッチとクリームソーダ、奏音さんはナポリタンとブラックコーヒーを注文した。
そのまま楽しく談笑しながら刻々と時間は過ぎていき、いつもの駅で、このお出かけはお開きになった。
奏音さんのお誕生日以降、自分自身の奏音さんへの好意に気づいてしまってからは、普段通りに接することができているか不安だけれど、どうにか上手くやれていると思う。
そんなわけで、今日は初めての奏音さんとのお出かけだ。
デート、と言ってもいいのかもしれないけれど、恥ずかしいやらおこがましいやらで、自分にこれはただの「お出かけ」だ、と言い聞かせる。
昨晩、何を着ていこうか、メイクは、髪型は、と散々シミュレーションして決めたくせに、いざ当日になってみると、本当にこれでいいの?と不安になって、準備に手間取ってしまった。
乗車予定の電車が出発するまで、残り15分を切っている。朝ごはんを胃に流し込むように食べて、急いで家を出た。
履き慣れないちょっとおしゃれな靴で、駅まで走る。ああ、絶対靴擦れするなぁ、と心の中で後悔しながらも走り続け、駅についた。
崩れた髪を整えながら、駅のコンビニで絆創膏を買ってホームに向かうと、そこにはいるはずのない、奏音さんさんの姿があった。
一瞬人違いかな、と思ったけど私が奏音さんを見間違えるわけがない。でも、待ち合わせは9時にシノミヤ楽器店のはずだった。
まだ7時58分。大遅刻したわけでもないし、とあれこれ考えていると、
「あ、優波ちゃん、おはよう」
と奏音さんが私に気づき、こちらに向かってきた。
「おはようございます!…何でここに?」
おそるおそる聞くと、
「特に深い意味はないんだけどね。わざわざうちまで来てもらうのも二度手間になっちゃうし、なんかなぁ、て思って来ちゃった」
奏音さんはけろっとした顔でそう答えた。
「連絡してくれたらよかったのに…私が別の時間の電車に乗ってたらどうしたんですか⁈」
と反論する。
「確かに…連絡先交換した意味ないじゃん、何やってんだろ、僕…。でもこの電車一時間に一本しかないし、結局会えたから大丈夫でしょ?あ、ちょうど電車来たから乗ろっか」
車内は、日曜なだけあってかなり空いていた。
私が座席の隅に座ると、奏音さんもそのすぐ隣について、腰を下ろした。
…近い。
いつもは大抵小さな机ひとつ分の距離があるのに、今にも肩が触れそうなくらいまで近くに奏音さんがいる。こんなに近い距離は、初めてヴァイオリンの構え方を教えてもらったとき以来だ。あのときはまだ奏音さんに好意を持っていなかったから大丈夫だったけど、今は違う。せめて今だけでも、あの頃の気持ちに戻りたい。
ちらりと横目で奏音さんを見ると、電車に揺られて気持ちよくなったのか、少しうとうとしていた。
かわいい。
三つ年上ではあるけれど、眠たそうな奏音さんは幼い子どもみたいに見えて、ちょっと抱きしめたくなるくらいにはかわいかった。
そんな奏音さんを見ていると、なんだか私も眠たくなってきて、そっと目を閉じ、眠りについた。
とんとん、と優しく肩をたたく感触で目が覚める。はっと隣を見ると、くすっと笑った奏音さんが
「おはよう。よく眠れた?」
と私を起こしてくれたのだ。
「あ、はい…。日曜にしては早起きだったので、ちょっと眠くなっちゃいました。奏音さんにつられちゃったのもあるけど」
「ふふ、もしかして寝顔見られちゃった?僕の方が寝落ち早かったか。そろそろ到着だから、降りる準備しよう」
そうして電車を降りた後、駅のすぐ近くにあった美術館に入館した。
何ともいえない美術館の空気にのまれた私たちは、黙々と絵画や芸術品たちを鑑賞し続けた。
時々、奏音さんが絵画を指さして
「これ、すごいね」
と口パクしていたり、それにコクリとうなずき返したりするだけで会話はなかったけど、並んで同じものを鑑賞できるのが楽しくて、あっという間に時間は過ぎていった。
美術館をでると、奏音さんは
「はぁーっ、疲れたけど楽しかった。お腹空いたし、何か食べに行こうか」
と言って大きなあくびをした。
「奏音さん、最近お疲れ様ですか?」
気になったことを聞いてみる。
「いや、昨日久しぶりに力仕事したのに加えてちょっと寝不足だったからね。気にするほどでもないよ、ありがとう。ところで、優波ちゃんは何食べたい?」
大したことはなさそうなので、ひとまず安心した。
「うーん、ここら辺に何があるかもよく知らないので、奏音さんチョイスでお願いしてもいいですか?」
「わかった。たしか、この近くに評判の良い喫茶店があったはずだから、そこに行こうか」
と、お目当ての喫茶店に向かった。
「メニューいあっぱいあるね。何にしようかなー、優波ちゃんも好きなのいっぱい頼んでいいよ。今日は僕のおごりだから」
「いや、申し訳ないです…」
「高校生に払わせるなんてできないよ。それに優波ちゃんにはいつも美味しいスイーツもらってるし、おかえしさせて?」
「じゃあ、お言葉に甘えて…」
私はサンドイッチとクリームソーダ、奏音さんはナポリタンとブラックコーヒーを注文した。
そのまま楽しく談笑しながら刻々と時間は過ぎていき、いつもの駅で、このお出かけはお開きになった。