鉄壁の女は清く正しく働きたい!なのに、敏腕社長が仕事中も溺愛してきます【試し読み】
第一章 青天の霹靂

 ――突然の事変・大事件。また突然受けた衝撃・打撃のことをいう。

 課長と課員三名の小さな経理室。そこが私、鳴滝沙央莉(なるたきさおり)の職場だ。

『サンキン電子株式会社』は電子機器を扱う中小企業、主に自動車に使われる半導体を扱う会社でシェアは日本で三位。

 取引先の多くは自動車関連会社が多い。先代の社長の後を継いだ二代目社長が半導体を導入して少しばかり大きくなった会社だ。いくつか特許を保有しており、就職活動するときは安泰だと思っていた。 

「暑い、暑い」

 外から帰ってきた今出川(いまでがわ)課長がクーラーの温度を下げようとしてから手をとめた。温度調節のボタンの横には大きな文字で【二十八度厳守】と書かれている。

いわゆる省エネ推奨温度だが、汗だくの今出川課長には酷だろう。

「課長、これどうぞ」

 気を利かせた一年後輩の四条麻衣(しじょうまい)さんが、先日駅前で配られていたうちわを渡した。


「ありがとうね、四条さん」

 先月五十歳になったばかりの気のいい課長は、薄くなった生え際の汗をハンカチでぬぐいながら、うちわであおぎつつ自席についた。

この適度に気を使ってくれる課長のおかげで私も四条さんも仕事に追われながらも精神的にはおちついた状態で仕事をしている。普段は優しいけれど経理の知識も豊富で、ときにはほかの部署と戦ってくれる信頼のおける上司だ。

「私は寒がりなんで、いいですけど、営業部とかがきつそうですよね。二十八度だと」

 四条さんの言葉に今出川課長がうんうんと頷く。まだまだ暑そうでふーっと息を吐いている。

「そうだよね」

 ここは女性ふたりと課長の三人。部屋も小さく比較的クーラーの効きもよい。

 しかし大所帯で男性の方が多数、出入りの多い部署である営業部ではこの室温だと仕事に集中できるのか心配だ。

 しかし今の会社の状況だと仕方ない。

 省エネと言えば聞こえはいいけれど、経費削減が主な理由だ。クーラーだけではない。倉庫やロッカー、トイレなどの蛍光灯は半分外してあるし、福利厚生のひとつである社員用のお茶やコーヒーは廃止になった。

 それまで親睦会などはある程度会社から補助がでていた制度も去年完全に廃止になった。

 社員からは文句も出たが、経理課で会社の業績がある程度わかる私たちは、会社存続のためには仕方のないことだと理解している。

 提出された領収書をチェックし、本人が入力したデータと照らし合わせる。付箋をつけながら仕事を進めていると、向かいのデスクから四条さんの雄たけびが聞こえた。

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