鉄壁の女は清く正しく働きたい!なのに、敏腕社長が仕事中も溺愛してきます【試し読み】

『こざかしい子ね。それで勝ったと思っているの? お兄ちゃんが苦しんでいる横で、そんなデリカシーのないことがよくできるわね』

 デリカシー……当時九歳の私は、そこまで他の人に気を配れる人間ではなかった。

 どうして兄の前で問題を解いたことが、彼を傷つけることになるのか当時は理解できなかった。

 もちろん今ならできる。受験前で母も兄もとても神経質になっていた。そこで私が簡単に問題を解いたのだ。

三つも下の塾にも通っていない子が簡単に解いた問題が解けないとなると相当なプレッシャーになるだろう。

『私はただ――』

 褒めてほしかっただけ。

 そう言いたかったのに、目の前で兄が声を上げて泣き出した。

『もう無理だ、俺はバカなんだ。受験なんてできない』

『泣かないで、ママのところにいらっしゃい』

 兄は母親の胸で泣きじゃくっている。

 頬を叩かれたのも、怒られたのも私なのに、なぜ母の胸で泣いているのは兄なのか。

 自分は大人から叩かれるほど悪いことをしたのか、理解できなかった。

『少し記憶力がいいだけで、いい気にならないで。本当にかわいげがない。あなたみたいな子は誰からも好かれないわ!』
 酷い言葉の暴力だ。だがそのときに理解した。

人より少しだけ記憶力がよいというこの能力は、人前で大っぴらに見せるものではない。人によっては不快に感じるものなのだとはじめて理解した。

 兄が中学受験に失敗した後も、新しい家族との溝はうまらないままだった。

そのあと兄はなにもかもにやる気がなくなったようで、母はそれすら私のせいだと事あるごとに責めた。

 父は新しい母に気を使って、私を守ろうとはしてくれなかった。そんな家族になじめるはずなどない。

 大学を卒業する年に、父が亡くなってからは没交渉だ。お互いのためにはそれがいいのだと思う。


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