Phantom

 あたしは夢見睡という名前に負けず、眠ることが好きだった。

 もともと精神は不安定になりがちだった。それでいてロングスリーパーのあたしは、何か嫌なことが起これば、長く眠ることで、嫌な事実から時間的な距離をとった。

 つまるところ、嫌なことから逃げる術を、「睡眠」以外に知らなかったのだ。

 意識を飛ばして、考えることをやめる。それだけが、あたしにできる世界への抵抗だった。

 だが、そんなあたしは「死」という選択を知ってしまった。死んでしまえば、いやなことなんて考えなくていいし、これから起こるかなしみに怯えなくていい。そう考えると「死」そのものは肯定できた。


 死に向かう傾向が色濃くなったのは、あの会話からしばらく経ったある日のことだった。

 返却された模試の、現代文の点数が平均点よりも少し低かった。きっかけは多分これ。

 あろうことかあたしは、そんな些細なことで自尊心が深く傷ついた。

 だって、零と一緒に本を読んでいるのに、「あなたには読解力がありません」だなんて言われたのだ。

 あたしだって、世界に置いていかれないよう一生懸命に毎日生きているのに。世界を知ろうとしてるのに、「あなたは世界を捉えられていません」と突きつけられるのはひどく苦痛だった。

 あとはなんだったっけ。体育の授業でパスを失敗して、チームの子にすこし嫌な顔をされたとか、授業中にスマホのバイブが鳴ってヒヤリとしたこともあって、それもきちんと不幸パラメータに加算されていたのかも。

 そう、きっかけはいつだって些細なこと。だけど、小さい不幸の積み重ねはいつか大きくなって、ぱん、と破裂する。死にたい理由クリエイターだから、つくろうと思えば何個だって死ぬための言い訳を用意できた。



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