Phantom
睡、すい、と名前を呼ばれるたびに、心地よい声色が頭の中を満たして、それが子守唄みたいにどんどんと意識に馴染んでいった。
「睡が眠ったら、刺してあげる。そしたらぼくも、このナイフで死ぬね」
「どうしよ。ちょっとだけ、こわい」
「しぬのがこわい?」
「ん、ちょっとだけ」
零は表情を変えぬまま、ソファの上であたしをやさしく抱きとめた。
あ、そっか。あたしは、このまま眠りに落ちるだけでいいのか。こわいのはきっと、零のほうだ。彼はこれから、あたしを殺して、自分をも殺すんだ。あたしなんて、何もせずに眠るだけなのに。
自分の発言がおかしいことを自覚して、あたしは「ごめんね」と言いながら零の背中に手を回した。
「一緒だから、ぼくは平気。睡は、やめる?」
「やめない、一緒がいい」
「そっか」
制服越しに身体が重なり、お互いの肌を求めて寄せ合った体温は徐々に生暖かくなっていく。
眠くなってきた。零の言う通り、噛み砕いたお薬の効きは通常のそれよりも早いのかもしれない。
「零。このまま眠れば、もっと深いところで、零とつながれる?」
「うん。きっと、大丈夫。だからなにも心配しないで、おやすみ」
手が恋人みたいに絡まって、いつの間にかさっきよりもあたたかくなった体温に包まれながら瞼を閉じた。
ああ、これがあたしの最期か。せつなくて、かなしくて、それでも満たされていて、とってもいい気分だ。
——目が覚めてしまったとき、楽園が終わった。