Phantom
「おい、起きろって」
身体を強く揺さぶられて、意識だけが戻った。それなのに身体が全然動かない。瞼を持ち上げるのが精一杯で、手足がまったく言うことをきかない。
「れ、い……?」
「全然似てねえだろ」
ぱち、ぱち、とゆっくり瞬きを繰り返す。コンタクトが乾いて不快だ。それよりも、なぜ、起きてしまったんだ。あたし、終わらない入眠をしたはずなのに。
目の前にいたのは、今在《いまざい》 詠《えい》。あまり似ていない、零の双子の弟だ。だけど、ぼんやりとした視界の中で見る詠は、すこしだけ零に似ている気がした。
「おまえは生きてんのかよ」
今在詠は、手元のスマホを操作して誰かに電話をかけた。
今在詠とは、まったくと言っていいほど接点がない。
彼は文化人の零とは違って、サッカー部の主将で、かつ、人間関係に苦労することなんかない、いわば一軍男子というか、陽の目を浴びるキャラクター、という感じだろうか。つまるところ、あたしなんかが関わることは許されない、キラキラとしたラメがつねにまとわりつくような男の子だ。
「もしもし、おれだけど、今すぐ先生呼んで。図書室の奥の部屋。人が倒れてる」
あたしは床に倒れていた。そのときになってやっと、左手で何かを握っていることを理解する。握っていたのは零の右手だった。
「零が、息してない」
握った手のその先、零の胸から大量の赤が溢れていた。
愛する人の裏切り。あたしを殺してくれるはずだった最愛の恋人は、あたしを置いて、ひとりでいなくなった。