Phantom
◇
オートロックなんて付いていない、玄関先まで誰でも行けてしまうような、簡素なつくりのアパートの廊下を大股で進んでいく。目的の扉の前に着くと、インターホンを3回連続で鳴らした。
むかつくくらいに大きい足音が向こうから聞こえて、目の前の扉が開く。
その先に、怪訝そうな顔をした詠が現れた。
「あのさ、迎えに行くって言ったじゃん」
「どうせここに来いって言うでしょ。ね、ベッド貸して」
「なに。具合悪いの?」
「具合はたしかに悪い」
苦言を呈しながらも、詠は部屋にあげてくれた。詠に連絡しなかったのは、先ほどの彼女たちとの会合のあとで、詠に迎えに来てもらう気にならなかったからだ。
だってあたし、倫理観ヤバいらしいし。
詠からの制止を振り切り、彼が普段使っているベッドに外着のまま飛び込んだ。寝不足のせいだろうか、薬がなくても眠れそうだ。
最悪な気分だ。久しぶりに死にたいと思った。泣きたい。だけど目の前のこいつに、そんなところ見られたくない。
頭がいたい。心臓も痛いし、胃も痛い。彼女たちの笑い声が耳にこびりついて、耳の奥、鼓膜のあたりも痛い気がする。
詠は半分くらいに減った水のペットボトルを持ちながら、「薬は?」と尋ねてきた。「このままで多分眠れる」と答えると、彼は黙ってペットボトルを元の場所に戻す。