さよなら、サンクチュアリ
「あーあ、本当最悪」
都内の一等地に聳え立つ実家の門を眺めながらため息を吐く。いつ来ても、ここは変わらず陰鬱としていて監獄のようだ。
タクシーを降りてかれこれ数十分、なかなか足が進まない。時刻は15時を過ぎた。
一生ここにいる訳にはいかないぞ、と自分を叱咤してどうにか一歩を踏み出す。
荘厳な構えの門の先には手入れの行き届いた庭。
玄関まで伸びるアプローチは天然石のタイルが敷き詰められて、母はこういったナチュラルな物を好む人だったなと思い出す。
四季折々の草木や花はいつ見ても美しいが、どこか冷たさを感じるのは人気《ひとけ》のなさのせいだろうか。
この家は昔から、大きさの割に人の出入りが少ない。
玄関扉を前にすると、久しぶりの帰省に思ったより緊張している事に今更気づき、乾燥した唇をペロリと舐める。
「姉さん、おかえり」
ドアノブを捻る直前で、監視されていたかのようなタイミングの良さで、柔和な笑みを浮かべた弟がひょこりと現れた。
「…波留」
一個下の私の弟。
昔は天使のようだったけど、今は男らしさも加わって清潭さに磨きがかかったようだ。
3年前に比べて背もうんと伸びている。
花にも負けず劣らず美しいこの生き物を見上げると、その目が嬉しそうに細められた。
「久しぶり姉さん。会いたかったよ」
そっか。
私は1番会いたくなかったよ。
この世で最も嫌いな、私の美しい弟。