さよなら、サンクチュアリ
「お願いってなーに?」
微かに口角を上げる。
嫌いな弟へ愛想良くするのは想像よりも疲れるが、良い姉を演じてる以上仕方ない。
「姉さんの部屋に一緒に暮らせないかな、と思って」
「え゛」
予期せぬ提案に、思わず腹の底から野太い声。
「寮の整理したり、お婆様の所へ行ってたら良い部屋がなくなっちゃって」
入学式直前。確かにこの時期ではもう殆どの部屋が埋まっているだろう。
「いや…でも、どうかな…狭いよ?」
「2LDKでしょ?十分だよ」
「えっと…」
私のテリトリーに弟が入って来るなんて、それも二人きりなんて絶対に耐えれない。
「…あ、…でもお友達呼んだりしたいでしょ?それに私、ほら、生活だらしないし、波留のストレス溜まると思うんだけど」
「家事は僕に任せてよ」
寮生活で得意だよ、と笑う弟をこれ程まで殴りたいと思った事はあっただろうか。
「友達は別に呼ばないし、姉さんの部屋が一番アクセスいいから…だめかな?」
眉を下げる姿すら美しい弟は願い事に慣れているし、何でも叶うと思っているに違いない。
「え…でも…」
ざけんな、波留が良くても私は友達を呼びたい、と喉の奥まで出掛かった言葉を寸で飲み込む。
「それにさ、今まで離れてた分姉さんと仲良くしたいな」
「や、、えっと、」
被り続けている仮面が剥がれそうな程動揺していると、無言だった父が「波留の言う通りにしなさい」と一蹴。
私の困惑なんて誰から見ても明らかなのに、こんな時ですら父は弟の肩を持つ。
今更何か期待していた訳ではないが、同じ子なのになぜこうも弟ばかりを優遇するのか。
「あの部屋を借りているのは私だ。私の決定に従いなさい」
出資者がこう言えば、嫌でも首を縦に振るしかなかった。