耽美なる箱庭


 無言のわたしの頭を、千佳くんがぽふんぽふん撫でている。ちいさいときから、泣いてグズるわたしを宥めるのは千佳くんだった。いまは泣いてないけど。


「ちかくん、あのさ……」


 電話の相手にも、こういうことしてたらやだな。


「キスの練習、わたしでしてもいいよ」

「…………は?」


 千佳くんの低音の声が、部屋に響いた。

 自分でも、なにをいってるのかわからない。

 わたしは俯いてごにょごにょとわけのわからない言い分を続けて、悪手だと気づいても止められなかった。


「すきなひとと、失敗しないように」

「のの、何言って──」

「幼なじみだから、ノーカンだよ」


 いい夢くらい、みたっていいでしょ?

 けれど、パッと顔を上げた先、──息を呑む。


「逃げるなら、今しかねぇよ?」


 顎を掬われて、お互いの吐息が感じられるくらい顔が近づいた。

 暗闇の中で、整った顔立ちの千佳くんの輪郭がはっきりと線を帯びていて、心臓が警鐘を鳴らす。

 逃げる、という選択肢はなかった。


「子どものお遊びとは違う」

「うん」

「泣いてもやめてやらないけど」

「泣かない」



「────ノーカンにしたら、許さねぇ」


 腰が砕けそうになる声が、耳元を掠める。

 わたしが頷く前に、柔らかな唇は音もなく重なった。

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