耽美なる箱庭


 人気がなくて、静かな廃ビルは不気味。

 スマホを確認すると〈ののどこ?〉と行き違いになってしまった千佳くんから連絡が来ていて、わたしは慌てて文字を打つが──


「あの」


 突然、声をかけられて肩が跳ねる。

 振り向くと、見知らぬ30代くらいの男の人。

 男の人の重い前髪の隙間から覗く瞳に、わたしはなぜか気味悪さを感じた。


「かわいいね」

「……」


 多分、これ、逃げた方がいいやつ。

 頭では危険信号が鳴り響いて、声を出すか走り出すかの選択が出てくるのに、にじり寄る男の不気味な笑みがこわくて足が竦む。動けない。

 どうしよう、と半ばパニックになって、持っていたスマホの画面に視線を落とした。

 すると、千佳くんからの着信が来ていて、咄嗟に通話をオンにする。


〈今どこ? 暗くて危ねぇから──〉

「千佳くん! 助けて! 近道の廃ビルのとこ、知らない男の人が、──ッ、イヤ!」

〈おい! 乃々! クッソ……ッ〉


 叩き落とされたスマホ。

 男に腕を掴まれたかと思えば、廃ビルの中に強引に連れていかれた。

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