不本意ながら犬猿の婚約者と偽りの恋人になりました
「や、離してっ……!」

ジェニファーの悲鳴混じりの拒絶に、ラインハルトはようやくハッとしたように腕の力を緩めた。
ジェニファーはすぐに彼の腕から逃れてもとの座席に戻る。

「ジェニファー・ゼメルザ……すまない、怖がらせたか」
「あ、あなたなど怖くありません」

精一杯虚勢を張ったものの、恐怖を感じたのは事実だ。
ラインハルトは男で、ジェニファーがどれだけ抵抗しようと力では敵わない。
その性差を見せつけられての恐怖だったのだろうか。
でも、それだけではないようにも感じる。
男女のことに疎いジェニファーには、うまく言葉では言い表せないのだけれど。

「売り言葉に買い言葉はあっても、俺は進んで君を傷つけたいと思ったことはない」

このとき何故かラインハルトが傷ついたような顔をするから、ジェニファーはいつものように憎まれ口を叩くことができなかった。

「……そう、ですか」

いまはそう言うのが精一杯だった。
ラインハルトはふっと息を吐くと僅かに頬を緩めた。
彼のこんな柔らかい表情を見たのが初めてで、ジェニファーは不覚にもドキリとする。
澄んだブルーグレーの瞳と視線が絡み合った瞬間、さり気なく窓の外を見るフリをして逸らしてしまった。
胸がドギマギと落ち着かない。
頭に入らない景色に目を凝らしながら、ジェニファーは早く学園に着いてとそればかりを願っていた。
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