不本意ながら犬猿の婚約者と偽りの恋人を演じることになりました
だめだ、いまだあんなに苦しんでいるラインハルトの傷を増やしたくはない。
どうにかしてここから逃げ出さなければ。
そう思うのに視界はかすみ、体の自由が効かない。

「……けて」

こんなところで死にたくはない。
もしこのまま死んでしまったら、父はいざ知らずテオドールはきっと一生クレール家を許さないだろう。
そして責任感の強いラインハルトも、自責の念に生涯苦しむことになる。
そんなことになったら、彼の描いた理想から再び遠ざかってしまう。
そんな結末は嫌だ、自分はまだ死ねない――
ジェニファーは意識を保つため、力の限りギリッと小指を噛んだ。
その瞬間鉄錆のような味が口いっぱいに広がる。

「たす、けて……!」

思ったよりも火の回りが早く、振り絞った声もバチバチと爆ぜる炎の音にかき消されてしまう。
易々と策にはまった己の愚かさが悔しくて涙が滲む。
まだ何も成し遂げられていない。
両家門を繋ぐ架け橋になるのだとラインハルトと約束をしたのに。
死ねない。
死にたくない。
ラインハルトに会いたい――
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