不本意ながら犬猿の婚約者と偽りの恋人になりました
「行かないのですか?」
「いや、君こそ行かないのか?」

なんと双方同じことを考えていたらしい。
目が合った瞬間、同時に吹き出してしまった。
あのラインハルトと友人のように笑い合っているだなんて信じられない気分だ。

「私はすぐそこなんですから、あなたを見送ります」
「ああ、それじゃまた昼に」

ラインハルトは軽く片手を上げると、広い背はあっという間に小さくなっていった。
そしてその颯爽たる後ろ姿を見送りながらはたと気付く。
ラインハルトはジェニファーに歩幅を合わせて、かなりゆっくり歩いてくれていたのだと。

犬猿の間柄ながら、婚約者だからと彼なりに気遣ってくれたのだろうか。随分紳士な男なのだな、と密かに感心する。
紳士で、文武に秀で、家柄も良く容姿端麗――これで女性にモテないはずがない。
今までは敬遠し、極力関わらないようにしていたラインハルトの美質が、急に実感を伴って感じられてジェニファーは戸惑った。

許し難い敵と教え込まれてきたクレール家。
でも、ラインハルトという男は極悪非道でもなければ非情なわけでもない。
分かってはいても、まだ心の奥底にわだかまりは残ったまま。
こんな気持ちのまま結婚をして、はたして上手くいくのだろうか――
ふるっと(かぶり)を振って気持ちを切り替え、ジェニファーは教室へ足を踏み入れた。
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