不本意ながら犬猿の婚約者と偽りの恋人になりました
「あの、何かの冗談ではないですか? ラインハルト・クレールは私を嫌っているはずですが」

戸惑うジェニファーを横目に、アンナは小馬鹿にしたように鼻で笑った。

「私がこんな面白くもない冗談を言うはずがないでしょう? きっちり正式な書面できたのよ。わざわざクレール家当主の紋入りでね」
「それは……」

当主の紋入りということは、略式ではない正式な書面――つまり父が承諾さえすればジェニファーとラインハルトの婚約は成立してしまうということ。
けれど父とてクレール家に良い感情は抱いていないはずだ。
そんな父が果たしてこの話を受けるのだろうか。

「お父様はどのようにお考えなのですか?」
「ラインハルトという子は中々遣り手のようね。ヘルマンなんて伝説級の名馬とやらであっさり懐柔されて、既にメロっメロよ」
「め、メロメロ? そんな……」

父は根っからの軍人で、戦場の相棒的存在である馬をこよなく愛している。
必然的に家族より接する時間も遥かに長い。
そんな父が伝説級の名馬とやらを目の当たりにしたら――強面の父がキラキラと瞳を輝かす姿が脳裏に浮かぶ。
相手はあの仇敵クレール家だというのに、自分は馬以下だというのか……押し寄せる敗北感にジェニファーは項垂れた。
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