不本意ながら犬猿の婚約者と偽りの恋人を演じることになりました
自室に戻ってソファに座りぼんやり物思いに耽っていると、アンナから話を聞いたらしい弟のテオドールがひょいと顔をのぞかせた。

「姉さん、ひどい顔色ですね」
「ええ、まあ……」

苦笑するジェニファーの対面に腰を下ろし、テオドールは憂い気に溜め息を零す。

「話は聞きましたよ」
「そう……テオはどう思う?」
「率直に言って、ゼメルザ家次期当主としては賛同せざるを得ません」

ジェニファーとよく似たエメラルドグリーンの瞳に正面から射抜かれる。
テオドールは冷徹なほど合理的で聡明な少年だ。
見た目はやや線が細く、軍務より文官が向いてそうではあるが、文武両道で次期当主としては非の打ち所がない。
ジェニファーはそんな二つ年下の弟を心から尊敬し、絶対の信頼を寄せていた。
そのテオドールがそう言い切るのなら、ジェニファーに否やなど言えるはずがない。

「ですが……弟としては複雑な思いがあります。姉さんはこれから敵陣で孤軍奮闘を強いられるわけですから」
「そう、ね」

政敵であるクレール家ではどんな仕打ちが待っているのか、いまは考えたくもない。
でも、テオドールが弟としてジェニファー()を思い心を痛めていることはひしひしと伝わってきた。
< 4 / 247 >

この作品をシェア

pagetop