不本意ながら犬猿の婚約者と偽りの恋人になりました
一触即発のような緊張の中、ジェニファーの心臓はドクドクと早鐘のように暴れ出す。
その音がラインハルトに聞こえてしまいそうで、本音は今すぐここから逃げ出したくて堪らない。
でも、どうしても自分から目を逸らしたくはなかった。
それはジェニファーのなけなしの矜持だったかもしれない。
常に主席を奪われ続け、二番手に甘んじるしかなかった不甲斐ないジェニファー自身の。
そんな思いが通じたのか先に目を逸らしたのはラインハルトの方だった。
ジェニファーはホッと小さく息を吐く。

「貴族の結婚に個人の感情など二の次だろ。それに先のことなんて分からない」
「ええ、そのとおりです。でもこの婚姻は決してあなたの意思ではないはずです。察するに……クレール家当主のご命令でしょうか?」

少し余裕の生まれたジェニファーが微笑むと、対するラインハルトはムッツリと眉を顰めた。

「……祖父だ」
「まさか……! 前当主のご命令なのですか? いったい何故……?」

クレール家前当主直々の命、という事実にジェニファーは驚きを隠せなかった。
ラインハルトの祖父にあたるアレクセイ・クレールこそが、おそらくこの世で最もゼメルザ家を憎んでいるはずの人物だ。
そんな彼が何故、とますます頭が混乱する。
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