キャンバスと五線譜
何気なく通りすぎようとした音楽室から、母親の声が聞こえてきた。

「それじゃあ、今度のコンテスト、優勝できないわよ!」

「はい!」

そしてまた空気の振動が伝わってくる。

「違う!そうじゃないわよ!」

「はい!」

ピアノの優しい音は、微かに聞こえるだけなのに、どうして人の怒鳴り声は、こんなにも通って聞こえてくるんだろう。

防音にするんだったら、人の怒鳴り声をシャットアウトして、ピアノの音は通すようにしてくれたらよかったのに。

あっ、そうか。

それじゃあ、防音にならないし。

犯罪が起こっても、気づかないか。

そんな事を思っていると、微かに聞こえる奈々瀬のピアノの音が、変わったのを感じた。

母親の熱血指導。

奈々瀬に世界一のピアニストになってほしいって言う、母親の気持ちは、分からなくはないんだけど。

僕は音楽室のドアを開けた。

そこには騒音としか思えないくらいの、大きなピアノの音が響き渡っている。
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