この愛には気づけない
第1章

1   夜のオフィス ①

「終、わ、ら、な、い!」
「遠空さん、もう明日にしません?」
「明日は土曜日だから休みたいのよ! 三納くんは帰っていいわ! 残りはやっておくから」
「そんなことを言ってたら土曜日になりますよ」

 入社3年目にして初めての直属の後輩である三納優(みのうすぐる)が薄暗いオフィスの中で壁にかかっている時計を指差した。時間は夜の9時を過ぎたところだった。

「あと3時間で終われるかな」
「絶対に無理ですよ!」
「……明日、来るしかないか」

 私は大きなため息を吐いた。

 私の名前は遠空(とおそら)ありす。
 一度も染めたことのない、光に当たるとこげ茶色にも見えるセミロングのストレートの黒髪を、仕事中だけ後ろで一つにまとめている。痩せ気味で女性の平均身長よりやや高めの体形だが、大好物は焼肉だ。

 就業時間内だと、100人近くいる社員で賑わうオフィスだが、今は私と三納くんしかいない。
 工場が同じ敷地内にあるため、オフィス内に私たちがいるとわかれば、製造部の社員から仕事を頼まれる恐れがある。せめてもの抵抗として窓のブラインドをきっちり閉めて、少しでも明かりが漏れないようにと、電気は私たちのデスク周辺にしか点けていない。
 繁忙期のため、やってもやっても仕事が増える。とりあえず、今週の間に受けた発注業務は全て終わらせておきたかった。

 
 2年前、トラブルでが危なくなった時、大手総合商社である大井商事が私の勤めている空野製作所を買収した。
 現在、会社名は残した状態で大井商事の傘下として中小企業ではあるが、名の知れた会社になっている。

 私が所属しているチームは年末年始は繁忙期のため、ここ最近は夜遅くまで残ることは当たり前になっていた。

 仕事一筋のせいで、恋人ができないまま、クリスマスを迎えようとしている。

 ……大丈夫!
 私には仕事があるわ!

 自分を慰めていると、三納くんが話しかけてきた。

「あの、せっかくなんで飲みに行きません? 遠空さん、朝から何も食ってないでしょ。がっつり食べられるとこ行きましょうよ」
「……そうね」

 後輩に飲みに誘われることは良いことだわ。嫌っている先輩を誘うなんてことはしないものね。

 残業をしていたのは、チームの一部で、私と三納くんと部長だ。

 今、部長は他のフロアに人がいないか見回りに行っている。
 今日は三納くんがいるが、部長もしくは私がフロア内の鍵を閉め終えたら、一階にある警備室に鍵を返して帰宅することが、最近の日課になっていた。

「よし! お腹も減ったし、食べに行きますか! 明日も出勤だけど、遅めに出るわ!」

 切りの良いところで仕事を終え、帰る用意を始めていた時、部長が帰ってきた。
 いつもなら一人で戻って来るはずなのに、今日は誰かと会話をしている声が聞こえると思ったら、予想外の人物が一緒だった。
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