この愛には気づけない
2 夜のオフィス ②
部長と一緒にいる人物に気がついた三納くんは、慌てて立ち上がると部長に声を掛ける。
「お疲れ様です」
「お疲れ。もう二人共帰れそうか」
「はい。帰る準備をしていたところです。毎日、遅くなってしまって申し訳ございません」
私が謝ると、部長は苦笑する。
「こちらが残ってもらってるんだから、遠空が謝る必要はないだろう。繁忙期以外はそう忙しくないから、人手を増やせなくて、こちらこそ申し訳ない」
「私は好きで仕事していますので」
微笑んだあとに、部長と一緒に入ってきた人物に目を向ける。
紺色のスーツに身を包んだ長身痩躯の若い男は、大井商事の本社から、出向してきた人物だ。
彼は次期社長だと噂されていて、社長になるまでに、いろいろな部署や系列会社などを回って、全体的な仕事を覚えていくのだと聞いている。
本社だけでなく、系列会社にまで来るのだから偉いものだわ。
彼がここに来た時は、女性社員の多くが騒いでいたのを思い出す。
黒色の髪に鳶色の瞳を持つ彼の名前は大井哲平という。長身痩躯で目つきは悪いが、顔は整っているため、独身の女性は彼の容姿に釘付けになり、彼に恋人がいるのか知りたがった。
彼に恋人がいないことを知っていたが、私は知らないフリをした。なぜ、私がそんなことを知っているのかと言うと、彼は私の父の再婚相手の子どもだからだ。
私の母と哲平の父は幼い頃に亡くなっている。
私と哲平の名字が違うのは、父が哲平を正式な養子にしていないからである。
養子にすれば良いのにと言うと、両親は苦笑し、哲平は嫌がった。
私と彼は同い年だが、誕生日は私のほうが少しだけ早いから、家族の中では私が姉だ。哲平は変なところプライドが高い。養子縁組すれば本当に私の弟になってしまうから、それが嫌なのだと思っていた。
でも、大人になってわかったのは、彼の実父の大井家を継ぐためには、私と同じ名字になってはいけなかったのだ。
名字が違うことで今現在、私と哲平は赤の他人のふりをすることができているので、良かったとも思っている。
「お疲れさまです」
「……お疲れさまです」
挨拶してきた哲平に軽く頭を下げると、哲平は営業スマイルを浮かべて話しかけてくる。
「もう、遅い時間なんで早く帰ったほうがいいんじゃないですか」
「……もう帰るところです」
「良かったら、車で来てるんで送りますよ」
「そんな! 悪いです!」
「遠慮しなくていいんですよ」
「遠慮ではありません」
ニコニコとお互いに作り笑いを浮かべて会話していると、部長が言う。
「最近は物騒だしな。送ってもらったらいいじゃないか」
哲平と私の関係は上層部と一部の人間にだけ知らされていて、この会社内では私の部署の部長と営業部長、取締役などの上層部だけが知っている。
部長が私たちの関係を知っていて、善意で言ってくれたことはわかっている。でも、三納くんがいる手前「はい、そうします」と、すぐには言いづらかった。
「お疲れ様です」
「お疲れ。もう二人共帰れそうか」
「はい。帰る準備をしていたところです。毎日、遅くなってしまって申し訳ございません」
私が謝ると、部長は苦笑する。
「こちらが残ってもらってるんだから、遠空が謝る必要はないだろう。繁忙期以外はそう忙しくないから、人手を増やせなくて、こちらこそ申し訳ない」
「私は好きで仕事していますので」
微笑んだあとに、部長と一緒に入ってきた人物に目を向ける。
紺色のスーツに身を包んだ長身痩躯の若い男は、大井商事の本社から、出向してきた人物だ。
彼は次期社長だと噂されていて、社長になるまでに、いろいろな部署や系列会社などを回って、全体的な仕事を覚えていくのだと聞いている。
本社だけでなく、系列会社にまで来るのだから偉いものだわ。
彼がここに来た時は、女性社員の多くが騒いでいたのを思い出す。
黒色の髪に鳶色の瞳を持つ彼の名前は大井哲平という。長身痩躯で目つきは悪いが、顔は整っているため、独身の女性は彼の容姿に釘付けになり、彼に恋人がいるのか知りたがった。
彼に恋人がいないことを知っていたが、私は知らないフリをした。なぜ、私がそんなことを知っているのかと言うと、彼は私の父の再婚相手の子どもだからだ。
私の母と哲平の父は幼い頃に亡くなっている。
私と哲平の名字が違うのは、父が哲平を正式な養子にしていないからである。
養子にすれば良いのにと言うと、両親は苦笑し、哲平は嫌がった。
私と彼は同い年だが、誕生日は私のほうが少しだけ早いから、家族の中では私が姉だ。哲平は変なところプライドが高い。養子縁組すれば本当に私の弟になってしまうから、それが嫌なのだと思っていた。
でも、大人になってわかったのは、彼の実父の大井家を継ぐためには、私と同じ名字になってはいけなかったのだ。
名字が違うことで今現在、私と哲平は赤の他人のふりをすることができているので、良かったとも思っている。
「お疲れさまです」
「……お疲れさまです」
挨拶してきた哲平に軽く頭を下げると、哲平は営業スマイルを浮かべて話しかけてくる。
「もう、遅い時間なんで早く帰ったほうがいいんじゃないですか」
「……もう帰るところです」
「良かったら、車で来てるんで送りますよ」
「そんな! 悪いです!」
「遠慮しなくていいんですよ」
「遠慮ではありません」
ニコニコとお互いに作り笑いを浮かべて会話していると、部長が言う。
「最近は物騒だしな。送ってもらったらいいじゃないか」
哲平と私の関係は上層部と一部の人間にだけ知らされていて、この会社内では私の部署の部長と営業部長、取締役などの上層部だけが知っている。
部長が私たちの関係を知っていて、善意で言ってくれたことはわかっている。でも、三納くんがいる手前「はい、そうします」と、すぐには言いづらかった。