この愛には気づけない

3   夜のオフィス ③

 飲みに行くという話をしていたことを、この場で言って良いのかわからない。昔から哲平は私が男性と二人で出かけると聞くと、様子がおかしくなるからだ。

 様子がおかしい、というのは、機嫌が悪くなるとかではなく、動揺した様子を見せるのだ。私に彼氏ができると、いちいちどんな人間か聞いてくるし、迷惑というよりか、面倒くさくてしょうがない。

 三納くんと私はそんな仲ではないことを説明しないといけないのかと思うと、これまた面倒だ。

「どうかしましたか?」

 営業スマイルで話しかけてくる哲平に、心の中で『あとで覚えてなさいよ』と言ったところで、三納くんが手を挙げる。

「あの、僕たち、夕食がまだなんで、一緒に食べに行こうという話をしていたんです」
「ああ、そういうことか。そうだな。息抜きも必要だ」
「部長も一緒に行きましょうよ」

 最初からそのつもりだったので、部長をお誘いすると、50歳手前の大人で穏やかな雰囲気を漂わせる部長は笑顔で自分の席に戻っていく。そして、鞄から財布を取り出した。

「申し訳ないが、事前に連絡していれば大丈夫なんだが、妻が夕飯を用意してくれているから寄り道はできない。だから、これで食べに行ってきなさい。済まないが、オーバーした分は自分たちで出してくれ」
「そんな! いただけません」

 一万円札を差し出されて、私と三納くんは慌てて手を横に振った。すると、哲平が三納くんに話しかける。

「部長に気を遣わせるのもなんですし、今日は大人しく帰ったらどうですか」
「え……、で、でも」

 困った顔で私を見る三納くんに提案する。

「そんなに飲みに行きたいなら、日にちを変えない? 仕事が落ち着いたら、行きたい人だけ行く飲み会をすれば良いと思うわ」

 正直に言わせてもらうと、会社の飲み会は好きではない。だけど、今、このままダラダラと話を続けるのも嫌だった。

 だって、本当にお腹が減ったんだもの。早く帰って、何か食べたい。

「……わかりました」

 三納くんが肩を落として頷くと、哲平は私を見つめる。

「送っていきますね」
「……申し訳ございませんが、お願いします」

 有無を言わせない口調に、私は呆れている感情を押し隠して頭を下げた。

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