曖昧ハート
『……家、行くから。1時間後』
「はい?」
『じゃ』
突如として言われた言葉。首を傾げたって意味もない。理由を聞く前に電話を切られた。
まったく。めちゃくちゃ勝手な。今日は昼から実家に帰る予定だったのに。
しかも、ここからなら私の家より貴ちゃんの家に行った方が早い。まさか近くに居るなんて貴ちゃんは知りもしないだろうけど。
「ご飯、出来たよ」
「あ、うん。ありがとう」
村田が穏やかな顔で私の顔を覗き込む。
いつもだったら電話が掛かってくると“彼氏から?”と聞かれるけど、今日は何も聞かれなかった。
ただただ和やかに朝食を食べ、軽く喋り、村田の家から出て、足早に自分の家に帰った。
玄関のドアを開け、荷物を置き、一息つく。
その瞬間、貴ちゃんが付けている香水の匂いがして、何だか胸がざわついた。
残り香に責られている、そんな気がして―――。