曖昧ハート


 唯一の救いは貴ちゃんがこの場に居ないってことだけ。居たら間違いなく暴れていただろうし、そこは鉢合わせしないで本当に良かったと思う。


 しかし、絶対に私が男といたって貴ちゃんに話すだろうなぁ……、この子。

 電話口から聞こえてきたあの笑い声を思いだせば、私に敵意があるのは明白。何なら貴ちゃんのことが好きで私の存在を疎んですらいそうだ。


 だったらもう、あげるから上手く貴ちゃんを落としてきてよ、と思う。

 平和的にお譲りしたい。痣のアップグレードなんて嫌。ましてやお揃いのオバケ顔なんて冗談じゃない。

 私達は平和にお酒を飲みたいんだから。


 右には自分の浮気相手、左には彼氏の浮気相手。微妙すぎる。

 私も去らないし、村田も去らないし、女の子も去らないし、全員で突っ立ったまま、ひたすら沈黙。

 何も言って来ないのに姿だけはジロジロ見られて、鬼のように気まずい時間が流れている。

 敵に弱みを握られた気分。


 「おーい。花音。これも追加で~」


 そしたら通路の端から野太い声が聞こえてきた。

 流れるように視線を向ければ、二番目の兄貴“治郎(じろう)“が、柿ピーの袋をカシャカシャと振りながらコチラに向かって歩いてくる。

 この微妙な雰囲気をぶち破るように、物凄い笑顔で。

 なんでいるの⁉と驚き半分、助かったと安堵する気持ち半分、突如として現れた救世主に皆の視線が集う。

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