曖昧ハート
「いっそ、別の男に乗り換えたらどうです?」
「そうっすよ。そんなポンコツなんてヤメて別の男に乗り替えましょうよ」
「コラコラ。そんなスマホのキャリアを変えるみたいに言わないでよ」
「えー、新しい男の方が性能がいいかも知れませんよ」
「ですね。よく動いて綺麗で出来ることも多そうっす」
「もー、だからスマホじゃないんだから」
スマホの買い替えでも勧めるように、皆がやんわりと別れを促す言葉を並べてくる。決めるのは飽くまでも私だ、と意思を尊重してくれつつ。
ココでも別れる道を推されるなんて余程、酷い状態に見えるのかな……。そりゃ頻繁に痣だらけになっていたら、大半の人がそう言うとは思うけど。
「とにかく一晩じっくりと考えてみるわ」
「あまり無理せずにな」
「わかりました。ありがとうございます、店長」
ひらひらと手を振ってきた店長にペコっと頭を下げ、バイトの子に別れを告げて店を出る。
街の中はいつもと変わらず、人でいっぱいだった。沢山の人が行き交う中、目的地に向かって早歩きで歩く。
行き先は村田の働いているカフェだ。家に帰ったら貴ちゃんが待ち構えていそうで怖いし、このまま真っすぐ帰る気にはなれなくて。
それに皆の話に煽られたからってわけじゃないが、何だか無性に村田と話したい気分だった。
最近ラテアートの腕が上達したって言ってたし、お店に行って、それを飲んで、夜ご飯はお鍋に芋焼酎を楽しもう。
――……なんて、呑気に考えてた数秒後。視界が反転して体が地面に転がってた。
頭がグラグラ揺れ、一足遅く鈍い痛みが全身に走る。
何が起こったのか分からず、目だけで周りを見渡せば貴ちゃんが怒り心頭な顔で私を見下ろしてた。
恐らく頭を殴られて転けたんだろう。そう思ったのと同じタイミングで、髪を掴まれ、体を無理やり起こされる。
頭部全体に鋭い痛みを感じて顔を顰めた瞬間、傍を歩いていた通行人達が、恐れ慄いたように悲鳴を上げた。