曖昧ハート

 人間、限界ってものがあるのに……。そんなのまるで存在しないかのように扱われている。

 それとも人間だと思われていないんだろうか。頭脳を持った愛玩ロボットか何かだと思ってる?

 考えれば考えるほど腹立たしくて、頭の中が怒りで熱くなり、心が真っ逆さまに冷えていく。


 ほんとバカみたい。コイツのドコに愛情があるの?探しても探しても見つからない。

 愛の果てにあったのは痛みと暴力と悲しみだけ。残ったのは憎悪の搾りカスだ。


 こうなる前に、さっさと別れておけば良かったな。周りの忠告を素直に聞いて、とっとと逃げ出せば良かった。

 今さら嘆いても遅いけど、後悔するような気持ちでいっぱい。


 しかし、運は私の味方をしてくれたらしい。 貴ちゃんは路地裏に転がっていたビール箱に足を引っ掛けて、私の腕を離した。

 よろめいて咄嗟に手をつこうとしたんだろう。壁に手を押し当てたまま、腹立たしげに箱を蹴っ飛ばしてる。

 随分マヌケだが、私にとってはチャンスだ。今しかない!と思い、急いで人混みに向かって走り出す。



 「……おいっ!」


 すぐに貴ちゃんが追いかけてきたけど、人だかりに阻まれて立ち止まった。

 私が路地を曲がる頃にやっと走り出した感じだったし、きっと追い付かれはしないはず。

 そう思いながらも足を止める気にはなれず、とにかく道をジグザグに走って逃げた。

 痛みで体は悲鳴を上げてるし、通りかかる人は揃いに揃って驚いた顔をしてくるけど、気にしている余裕はない。

 とにかく逃げたい、の一心。

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