曖昧ハート
取り敢えず渡されたおしぼりで傷を押さえて店の中を見回せば、有り難いことに他のお客さんは居ないようだった。
居たら営業妨害になってたし、タイミングが良かったな、と思う。
「救急車を呼んだ方がいいか」
「そうですね。お願いします」
「や、呼ばなくて大丈夫だからっ」
「バカ言え。遠慮してる場合じゃないだろう」
「そうだよ。顔色が悪いって言うか怖いし」
「いい。本当に大丈夫だから」
今にも電話をかけんとばかりに受話器を手に取ったマスターを慌てて止める。
あまり大事にはしたくない。というより、騒ぎになって貴ちゃんに居場所がバレるのが怖かった。
絶対に今も私を探し回ってるだろうし。
「花音……」
「お願い。見つかりたくないの」
「誰に?」
「貴ちゃん」
「…………あぁ、あの彼氏。そっか。また暴れたんだね」
「う、うん」
「はぁー…。ホントいつもいつも……」
私が貴ちゃんの名前を出した瞬間、村田の顔から表情が消えた。怒ってるのか呆れてるのか声まで冷たくて、ちょっとビビる。
長い付き合いだけど、こんな村田の姿を見るのは初めてだし。
ただ村田は私に怒ってるわけではないらしく。やたらめったら優しい手付きで私を椅子に座らせると、血だらけだった顔や体をおしぼりで拭いてくれた。
そのおかげで血も止まり、感じていた吐き気や目眩が幾分かマシだ。
マスターも少し落ち着きを取り戻した様子で「掛けとけ」と、カウンターからひざ掛けを差し出してくれる。