曖昧ハート

 「意味わかんねー。なんで来ないとか言うんだよ!」
 「別れるからに決まってんじゃん」
 「ふざけんなっ!俺はぜってぇ認めねぇから」
 「残念。認めなくてもそれが事実さ」
 「おい!花音‼」
 「じゃ、さらば」


 大声で言い合いをしながら自分の荷物を抱えて早急に立ち去る。

 そりゃもう、玄関まで全力ダッシュだ。滑るようにスニーカーを履き、廊下に出て非常階段を駆け下りた。

 しかし、DV男は諦めが悪い。50メートル走、何秒台かって速さで追い掛けてきた。

 マンションの1階に着き、駐車場まで後ちょっと……のところで腕を掴まれて心底焦る。

 いや、あんた、手を洗ったの?勘弁してよ。って感じだけど、そこはもう一旦置いておく。


 「待てよっ。俺が悪かったって…っ!」
 「嫌っ‼」
 「お前に捨てられたら、俺、どうしたらいいんだよっ」
 「知らんわ!他にいけばいいでしょっ!!」
 「無理だ、花音じゃないとダメなんだって……っ!!」
 「私はお前じゃダメだから!」


 泣き言を叫ぶ貴ちゃんに怒鳴り返し、凄まじい勢いで暴れて抵抗する。

 掴まれた腕を振り回し、鞄で顔を叩き、足で脛を蹴り、後方に体重を掛けて離せと連呼。

 他人から見れば、どっちを止めればいいのか判断がつかないと思う。

 何だかんだ強い者に弱い貴ちゃんは少し怯んだ顔をしている。


 しかし、諦めが悪い。逃がすまいと必死なのか、手に力を籠められ、腕に痛みが走る。

 やばい、やばい、やばい。絶対、折られるやつじゃん。マジで勘弁してよ、もう。また病院送りかよ。泣きそう。


 「花音」


 ……と思っていたら、マンションの駐車場から村田がひょっこり顔を出した。


 それも外だというのに飼い猫を腕に抱えて、のほほんと薄く微笑んでいる。

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