このたび、夫婦になりました。ただし、お仕事として!
「君が、まぁわりと優秀なのはよくわかった。俺は君のシチューがまずかったとは言っていない。その腕を正しい方向に振るってほしいと要望している」

(〝まぁわりと〟が余計な気もするけど、もしかして褒められてる?)

 咲穂はチラリと彼を見る。

「つまり私は間違った方向に進んでいる。今の考え方では売上に繋がらないという意味でしょうか?」
「いや。売上のみを考えるなら、君の企画案は正しいだろうな」

 櫂は顎を撫でる仕草をしながら、あっさりと前言をひるがえした。

「どういうことですか?」
「リベタスには売上より大切にしたいものがある、ということだ。それがなにかは、君が自分で考えてみろ」
「売上より大切にしたいもの……」

 咲穂は彼の言葉をオウム返しにつぶやいてみる。

「俺の時間を無駄にしないと言ったさっきの言葉、忘れないからな」

 挑発するような笑みを見せつけて、彼は去っていった。

 数日後。
 十月に入り、すっかり秋らしくなった風が心地よい。夕焼けに赤く染まる銀座の街を歩きながら、咲穂は悩んでいた。

(女性客がコアターゲットで男性はサブターゲット、この考え方ではダメなのよね。でも、広告と売上を切り離して考えるわけにはいかないし)

 CEOのダメ出しを受けて、広報チームで企画を練り直している最中なのだが……状況は順調とは言えない。

(でも、リベタスは私にとって最後のチャンス。諦めるわけにはいかないわ!)

 咲穂はグッとこぶしを握って、前を向く。

(このプロジェクトを成功させて、お父さんを説得する)

『三年で、お父さんに認めてもらえる結果を出すから』 
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