このたび、夫婦になりました。ただし、お仕事として!
 あの日のキスの前から自分でも薄々勘づいてはいたのだ。このままだと、きっと彼に溺れてしまうと。そして、まんまとそのとおりになってしまった。

(好き。私、櫂さんのことが大好きだ)

 だけど、まだ一度も……言葉にして彼に伝えたことはない。

(だって、恋愛感情を抱くのは契約違反だから)

 咲穂は戸惑いのにじむ瞳でそっと彼を盗み見る。はずだったのだが、櫂も同じタイミングでこちらを向き、バチッと視線がぶつかった。甘く笑んだ彼は、立ちあがり向かいに座る咲穂のもとまで歩いてきた。

「ど、どうしたんですか?」

 咲穂は椅子に腰かけたままなので、自然と見あげる形になる。彼は咲穂の椅子の背もたれに手をかけ、腰を折って顔を近づけてきた。

「咲穂が、キスしてほしそうだったから」
「え、え、えぇ?」

 ボンッと音を立てそうな勢いで、咲穂の顔が赤く染まる。

「そ、そんなこと思っていません。本当に、まったく!」

 滑稽なほど必死で否定する咲穂に彼はクスクスと笑う。

「じゃあ、俺がしたかったから、そう見えたんだな」

 そんなつぶやきが聞こえた次の瞬間、咲穂の唇に柔らかなぬくもりが落ちる。

「んっ」

 触れるだけの優しいキスだけれど、角度を変えながら彼は何度も唇を重ねてきた。

「ど、どうして急に」

 ようやく解放された唇で、咲穂は彼に問いかける。

「夫婦がキスをするのに理由が必要か?」

 櫂の堂々とした笑顔が、やっぱり少し恨めしい。

 初めてキスしたあの日から、ちょうど三週間くらい。彼はどんどん甘くなって、咲穂を本物の妻のように扱う。優しい言葉、頼りがいのある行動、そして今みたく糖分たっぷりのスキンシップ。
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