このたび、夫婦になりました。ただし、お仕事として!
(だけど、櫂さんの本音はよくわからない)

 咲穂と同じように、ビジネス婚をこえた感情を抱いてくれているのか、それとも彼のなかではこの程度のスキンシップはビジネス婚の範疇なのだろうか?

(キスはあるけど、それ以上はないし……)

 それがまた、咲穂を悩ませるのだ。恋愛経験の乏しい咲穂にとっては、キスもそれ以上の行為も重みはまったく同じ。つまり好きな人としかしたくない。

 けれど、櫂は咲穂より六つも年上できっと経験も豊富なはず。とはいえ、咲穂の悩みには明快な解決策がある。

(櫂さんに聞けばいい、ただそれだけのこと)

 だけど、どうしてもその勇気が湧いてこないのだ。

(櫂さんはどうして〝美津谷櫂〟なんだろう?)

 そんな芝居がかった台詞を、心のなかでつぶやく。

 でも結局のところ、咲穂が臆病になる理由はこれなのだ。恋愛経験豊富そうな、六歳年上の男性だったとしても、ごく普通の一般家庭に生まれた会社の先輩とかだったら……咲穂ももう少し素直にぶつかっていけた気がする。

(親会社のCEOってだけでもすごいのに、彼は……MTYニューヨークの御曹司)

 いずれまた米国に戻り、世界を股にかけて活躍するのだろう。

(そのとき、私が彼の隣にいられると思う?)

 ふと冷静になると、やっぱり住む世界が違いすぎるという現実が咲穂を打ちのめす。

(シンデレラやお伽話のお姫さまたちは、ハッピーエンドのその先もずっと幸せでいられたのかなぁ)

「―ほ。咲穂」

 自分の世界に浸っていた咲穂を櫂の声が呼び戻す。

「あ。ごめんなさい、ぼうっとしちゃって。なにか?」
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