このたび、夫婦になりました。ただし、お仕事として!
 低く艶めいた声が咲穂の耳をとろけさせる。背中がゾクゾクして、膝から崩れ落ちてしまいそう。

(帰さないってどれはどういう……?)

 ありえないほど高鳴るこの鼓動は、期待なのか。それとも不安なのか。自分でもわからなかった。

 櫂が連れてきてくれたのは、会員制のクラブと呼ばれる場所だった。ビリヤードやダーツのできる遊技場やバンケットルーム、個室のバーなどを備えているらしい。以前に彼と企画会議をした美津谷のバーは真面目で堅めな印象だったが、ここはもっときらびやかで……〝大人の社交場〟といったところだろうか。すれ違ったカップルも、まるで外国人のように歩きながらカジュアルにキスを交わしている。

「櫂さんも、こういう場所で遊んだりするんですね」
「……付き合いで会員にさせられただけで、来たのは初めてだ。思っていた以上に軽薄そうだが、たまにはいいだろう」

 案内された個室はすごく広々としていて、ホテルの一室のような雰囲気だった。夜景が臨めて、ベッドこそないがL字型のふかふかのソファが置かれている。

 暗めの照明がアダルトな空気を醸し出す。

(これは、想像以上に大人のデートだ)

「おいで」

 ドキドキしすぎて足元がおぼつかない咲穂の手を引いて、櫂がエスコートしてくれる。

「この店はいいワインを扱っているのがウリらしいから、ワインでいいか?」
「はい、詳しくないのでお任せで」

 さほどお酒に強くない咲穂を気遣って、彼はフルーティーで飲みやすいワインをオーダーしてくれた。ワインと一緒に、高級そうなチーズやチョコレートも運ばれてくる。
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