このたび、夫婦になりました。ただし、お仕事として!
「これって、もしかして……」

 いつかの櫂の台詞を思い出す。

『ギンガムチェックにベロアのリボンか。覚えておくよ』

 咲穂が子ども時代に好きだったものの話をしたとき、彼はそんなふうに言ってくれたのだ。

(本当に覚えててくれたんだ)

 櫂は咲穂の顔をのぞき込んで、自信たっぷりな笑みを浮かべる。

「見つけたとき、咲穂のための品だなと思った」
「……ありがとうございます!」
「今日買った二着のワンピースにもきっと似合うよ」

 お喋りに花が咲き、咲穂のグラスのワインも空になった。ボトルを持った彼が尋ねる。

「もう一杯くらい飲むか?」
「はい。この、つまみのチョコレートもおいしいですね。なかにフルーツジャムが入っていて」

 先ほど食べたのは柚子風味だった。咲穂はもうひとつまんで、口に入れる。

「あ、こっちは苺だ」

 甘酸っぱい苺と濃いビターチョコは相性抜群だ。

(苺とチョコ……)

 ふいに、櫂と初めてキスしたときのことが蘇ってくる。櫂が食べていたのはオペラケーキ、咲穂は苺ショート。だから、自分たちのファーストキスは苺チョコの味だった。

「どうした? 顔が熱いぞ」

 櫂が手の甲でそっと咲穂の頬に触れる。

「その、櫂さんと初めてキスしたとき……苺チョコの香りがしたなって」

 ごまかさずに話したのは、きっと彼に意識してもらいたかったから。今日のデートの間中、心のどこかで彼のキスを待っていた。
 櫂は驚いたように目を見見開く。それから、ゴクリと喉を鳴らした。

「なるほど。このチョコで俺とのキスを思い出してくれたわけか」
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