このたび、夫婦になりました。ただし、お仕事として!
 それが就職時に実家の父と交わした約束だった。

 咲穂の実家は九州のとある県。温泉地として全国的にも知られる土地で、代々麦焼酎の蔵元を営んでおり、創業時から変わらない製法と味をウリにしている。

(お酒の味はそのままでいいけど、価値観はアップデートしてほしいものだわ)

 咲穂の父は絶滅危惧種レベルの古くさい男で、『家にあっては父に従い、嫁しては夫に~』なんて戦前の言葉を本気で素晴らしいと信じている。

 専業主婦の母、父に命令されるがまま家業を継ぐと決めた兄。ふたりが従順だからこそ、余計に父は反抗的な咲穂が気に食わないらしい。昔から衝突してばかりいた。

『地元に残って、結婚して子ども産むのが女の幸せだ』

 そう主張する父と、就職時にもさんざん揉めた。けれど母が味方してくれて、どうにか三年は自由にしていいという約束を取りつけたのだ。

 この三年、我ながら仕事ひと筋でがんばってきたと思う。手掛けたWEB広告がかなり話題になったりもしたのだが……父は咲穂の仕事を男性社員のアシスタントだと思い込んでいる。どれだけ違うと説明しても、はなから理解する気がないのだろう。

 約束の三年もあと半年で終わってしまう、そんなときに巡ってきたチャンスが、このリベタスプロジェクトだった。

(地元のお茶の間に、私が手掛けたCMが流れるかもしれない。そうすれば近所の人にも見てもらえる)

 地元で商売をしていくうえで地域のコミュニティは非常に重要で、あの頑固な父も商工会の会長の言うことならあっさり聞いたりするのだ。
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