このたび、夫婦になりました。ただし、お仕事として!
(近所の人たちに『東京で活躍する立派な娘さん』って褒めてもらえるようになれば、お父さんは絶対に手のひらを返すはず!)

 父を長年そばで見てきた母も、この作戦には太鼓判を押してくれたので間違っていないと確信している。
 そんなわけで、リベタスには文字どおり咲穂の人生が懸かっているのだ。

 あらためて気合いを入れ直し、咲穂は目的地に向かう。

 銀座の一等地にある美津谷家所有のビル。一階にはマリエルジュをはじめとしたMTYブランドの化粧品ショップたち、二階にはカフェ、三階にはオシャレなバーが入ったMTYジャパンのフラグシップビルだ。

 ブラックとゴールドを基調とした、高級感あふれるマリエルジュのショップ。その店頭でなにやらイベントをやっていて、客が大勢集まっていた。

(綺麗な人がいっぱいで華やかだな~。あ、男性のお客さまもいるんだ)

 化粧品の調達は通販かドラッグストアで済ませてしまう咲穂にとって、こういう場所は少し緊張する。だけど……。

『リベタスには売上より大切にしたいものがある』 

 よく通る、涼やかな櫂の声が耳に蘇る。

(その答えが、ここで見つかるといいんだけど)

 ここにはMTYブランドのファン、すなわちリベタスの潜在顧客が集まっている。なにかヒントがあるのでは? そう考えたのだ。

(あとは自分用の化粧品も買ってみよう。担当になったからにはメイクは苦手と避け続けていないで、ちゃんと勉強しなくちゃね)

 イベントがちょうど終わったようで、咲穂の入る隙間が空いた。百合をモチーフにしたロゴの入ったリップが、咲穂の前にずらりと並んでいる。
< 12 / 139 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop