冷徹無慈悲なCEOは新妻にご執心~この度、夫婦になりました。ただし、お仕事として!~
「とはいえ、様子を見に顔を出すくらいはしたほうがいいだろうな」

 手帳を開きながら、櫂はスケジュールの空き時間を探す。このあとはすぐ会議だし、その後もみっちりと詰まっている。

(翠の個展をキャンセル……いや、これも外せない用件だな)

 一時間の予定にしていたが、できるだけ早く切りあげてリベタスチームの状況を確認しに行こう。そう決めて、櫂は次の会議のために席を立った。

 夕方五時。車で個展が開かれている六本木のギャラリーへと向かう。運転は運転手に任せているので、櫂は後部座席でひと息ついた。

(翠に会うのは、いつぶりだ? 十年近く前か?)

 滝川翠、かつて櫂の許嫁だった女性だ。といっても、学友だった父親同士が勝手に決めたこと。たまたま同じ年に子どもが生まれ、それが男と女だったからと盛りあがり許婚にしたのだ。

 翠は日本画にしか興味を抱かず、寝食忘れてひたすらに絵を描き続けるような生活を送っている人間。財界のパーティーなどで年に一度くらいは顔を合わせる機会もあったのだが、互いに恋愛感情はかけらも芽生えなかった。ハイティーンになる頃には当人同士で『許婚の話はなかったことにしよう』と意見が一致し、親にも伝えた。

 だが、正式な結納を交わしたわけでもなかったので世間に向けての報告はしなかった。もしかしたら、父親たちの間に「いつか気が変わって復縁するかも」という程度の期待はあったのかもしれない。

 ところが十年前に突然、翠が世間に向けて破局を公にしたいと言い出した。その理由はなんとも彼女らしいものだった。
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