このたび、夫婦になりました。ただし、お仕事として!
 有名人なら名前を知らないのは失礼だったかと思って咲穂は頭をさげたが、彼のほうに気にするそぶりはない。

「うん。様子を見てて、化粧品に疎いのはよくわかったよ。僕はMTY専属みたいなものだから……選ぶの手伝ってあげる」

 彼の醸し出す空気は優しくて、有名人らしいということがわかっても不思議と緊張はしなかった。

「じゃあお言葉に甘えて。私くらいの年代の女性には、今、どんな色が人気なんですか?」
「今年のトレンド色はいくつかあるけど……櫂に怒られるからなぁ」

 彼は口元にこぶしを当てて、笑いをこらえるような仕草をする。

(かい? 美津谷CEOと同じ名前……)

「マリエルジュでは、トレンドとか年齢のカテゴライズでお客さまに商品をオススメしてはいけない決まりがあるんだ」
「えっ、そうなんですか?」

 ドラッグストアのコスメコーナーでは、『一番人気!』などと書かれたPOPをよく見かけるので意外だった。

「お客さまを一番輝かせるアイテムを一緒に探す。それが僕やBAの仕事だからね。似合う色は人それぞれ違う。女性は年を重ねると『ピンクの口紅は卒業』なんて言う人が多いけれど……すごくもったいない。七十代でも八十代でも、ピンクが似合う方はたくさんいるのに」

「なるほど。無意識のバイアスってやつですね」

 広告の仕事をするうえでも、よく出てくる言葉だ。誰しもが持つ、潜在的な偏見や先入観。『料理を作るのはお母さん』とか、今、悠哉が言った『ピンクは若い女の子の色』とか、そういう勝手なイメージのことだ。
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