このたび、夫婦になりました。ただし、お仕事として!
「たとえば男性のメイク。まだまだメイクをする男性は特別な人と見られるだろう? ヘアセットと同じ感覚で、眉を整えたり、コンシーラーでクマを隠したりしてもいいと僕は思うんだけどね」

 ドキリとした。

(私、男性顧客を思い浮かべるとき……美容師さんとかアパレル店員さんとか、そういう業界の人を無意識にイメージしていたかも)

 女性は結婚して家庭に入る。それを普通と思っている父を古いと思っていたくせに、自分も似たような偏見を抱いていたことに気がつく。

(もしかしたら、美津谷CEOはそれを見透かしていたのかな)

 咲穂が彼を思い出したそのとき、悠哉が「櫂!」と片手をあげた。悠哉の視線の先に咲穂も顔を向ける。

(え、どうして?)

「残念。イベントを見学したくて来たんだが、間に合わなかったか」
「一歩、遅かったね」

 向こうから歩いてきた櫂が、悠哉と親しげに言葉を交わす。次の瞬間、咲穂の存在にも気がついたようだ。

「出水か。どうしてここへ?」
「企画案のための勉強を、と思いまして」

 会話をしているふたりに、今度は悠哉が首をかしげる。

「あれ、ふたり知り合いなの?」

 櫂が間に入る形で、あらためて自己紹介をし合う。なんと、櫂と悠哉は子どもの頃からの友人らしい。

「まぁ、腐れ縁だな。今も同じ業界で仕事をしているから顔を合わせる機会も多いし」
「腐れ縁だなんて冷たいなぁ。よく顔を合わせるのも、櫂が僕をご指名するからじゃないか」
「――俺個人じゃなく、社の判断だ」
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