このたび、夫婦になりました。ただし、お仕事として!
 ふたりの歴史は知らなくとも、仲良しなのは伝わってきた。とくに悠哉の櫂への信頼は絶大のようだ。さっきまで咲穂に向けていたビジネスモードの笑顔とは全然違う。

「それで、得るものはあったのか?」

 悠哉との話が一段落したところで、櫂がこちらに顔を向けた。

「はい。前回の企画を美津谷CEOにダメ出しされた理由は理解できました」

 売上がどうこうはあとづけの理由。自分は結局、化粧品を買う男性は〝特別で少数派〟と決めつけていた。
 それなのに上辺だけの、ジェンダーレス風な広告を作ったりして……。

(まさに中途半端で小賢しい。この人の言うとおりだった)

 咲穂は上目遣いに、そっと櫂の顔を見る。目が合うと、彼は満足そうに目を細めた。

「期待外れ、は撤回しよう。予想より成長が早くて助かるよ」
「次のプレゼンで百点を取らないといけないので!」
「それなら……」

 櫂の長い指が、咲穂の手首をつかむ。

「今から君の時間を俺にくれないか? 無駄にはさせないから」

 先日の咲穂と似たような台詞を今度は彼が言った。

「今から……ですか?」
「あぁ、企画会議をしよう。今ならいい案が浮かびそうだ」

 楽しいイベントを前にワクワクしている子どもみたいな、無邪気な笑顔。こんな表情を見せられたら、ノーとは言いづらい。

「櫂のワーカホリックはあいかわらずだな」

 聞いていた悠哉がおおげさに肩をすくめる。それから、彼は続ける。

「でも、少し待ってあげてよ。今、彼女のリップを選んでいるところだったから」
「あ、いえ。今日じゃなくてもまったく問題ないので……」
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