このたび、夫婦になりました。ただし、お仕事として!
 いくらなんでもCEOを待たせるわけにはいかない。そう思ったが、櫂は意外にも「構わない」と答えた。

「いや、悠哉にアドバイスをもらえるチャンスは逃さないほうがいい」

 悠哉はクスリと蠱惑的に笑う。

「せっかくだし、櫂も選ぶのを手伝ってよ」

(どうして、こんな状況に?)

 櫂と悠哉が咲穂のコスメを選んでくれるという不思議な状態になってしまった。
 咲穂の顔とずらりと並ぶリップを交互に見比べて、櫂が一本を抜き取る。

「これはどうだ? 瑞々しいクリアレッド」
「わぁ……綺麗」

 自分ではおそらく選ぶことのない、華やかな色だった。

「きっと、君を一番輝かせる色だ」

 言って、櫂は自信たっぷりに笑む。

(でも、赤い口紅なんて初挑戦だけど大丈夫かな?)

「これはシアーに色づくタイプだから、派手にはならないよ」

 咲穂の逡巡を察したのか、横から悠哉がそう助言してくれる。さらに彼は自分も櫂と同意見だと付け加える。

「櫂の言うとおり。その色が一番似合いそうだ」

 ふたりに太鼓判を押されて、なんだかその気になってきた。

「じゃあ……これにします!」

(なんだろう。私、すごくワクワクしてる?)

 言葉は悪いが、咲穂にとってコスメは消耗品に近いものだった。深く考えずに、前と同じアイテムを買い足す。だから、こんなふうに気分が高揚するのは初めての経験で……。

(明日の朝が楽しみ。なるほど、コスメにはこんな力もあるんだな)

 ほとんどの成人女性は体験済みのことかもしれないけれど、咲穂には新鮮だった。

「お会計、お願いします」

 BAさんに声をかけながら、財布を出そうとした咲穂の手を悠哉が止める。
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