このたび、夫婦になりました。ただし、お仕事として!
 一方の咲穂は……顔もスタイルも能力も特筆すべき点は一切ない、二十五歳の平凡女子。

 ヘアスタイルは鎖骨に届くくらいのミディアムヘア、染めてはいないけど、生まれつき明るめの色をしている。瞳は髪と同じ栗色。すべてのパーツが小作りで、目立つ特徴のないさっぱりとした顔立ちだ。

 まったく釣り合いの取れていない自分たちが、金曜日の夜になぜ一緒にいるのかといえば身分違いのロマンス……などではもちろんなく、ただの仕事だ。

 MTYジャパンが新しく立ちあげる化粧品ブランド『リベタス』。櫂はその総責任者で、咲穂は広報の担当者。

 仕事の話をして、これから帰る。ただそれだけだったのに……。

(そもそも、芸能人でもないのに週刊誌の記者が尾行しているなんて聞いてないよ)

 だが〝米国で認められた本物のセレブリティ〟として、日本のお茶の間でもすっかり人気者になっている彼の現状を考えたらありえる話だ。

(てことは、本当に記事になるの?)

 完全にパニックにおちいっている咲穂の横で、櫂はなにか算段するような顔つきで黙り込んでいた。それから、おもむろに口を開く。

「ひとつ、妙案を思いついた」
「記事をストップできそうなんですね?」

 この状況で妙案と言うからには、それしかないだろう。CEOの権力で記者に圧力をかける……とか、なにか裏技があるのかもしれない。

「そうじゃない」

 言って、彼は咲穂の両肩をつかむ。そして、魔性の瞳の真ん中に咲穂をとらえた。

「俺たち、結婚しよう」

 誰をも魅了する不敵な笑みを浮かべ、彼はたしかに……そう言ったのだ。

 この夜かかってきた一本の電話、そして記者の襲撃。重なった偶然は、もしかしたら必然だったのかもしれない。

 ――世界的セレブな御曹司とこのたび夫婦になりました。ただし、お仕事として!
< 2 / 110 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop