このたび、夫婦になりました。ただし、お仕事として!
「待っているから、遠慮なくどうぞ」
「あ、すみません」

 櫂に促され、咲穂はスマホを持って通路に出る。応答ボタンを押して、呼びかけた。

「もしもし、お父さん?」
『――咲穂』

 スマホごしに聞こえた声はやけに深刻そうで、嫌な胸騒ぎがした。

 どうして、悪い予感ほど当たるのだろう? 父の話は今の咲穂にとって、とうてい受け入れられないものだった。

 通話を終えた咲穂はスマホを持つ右手を力なくおろす。

(……どうしよう。嫌だけど、でも私が断ったら……)

 呆然とその場に立ち尽くしていた咲穂の背に声がかかる。

「電話は終わった?」

 ハッとして振り向くと、個室と通路を仕切っているシルバーのカーテンを開けて、櫂がこちらをのぞいていた。

 咲穂の戻りが遅いので、心配してくれたのだろう。

「あ、いえ……お待たせしてしまってすみませんでした」

 言いながら、咲穂はスマホをパンツのポケットにしまう。

 櫂はツカツカとこちらに歩いてきて、ためらいもせずに咲穂の頬に手を伸ばした。

「顔色が悪い。なにか悪い知らせだったのか?」

 思いがけず優しい瞳に見つめられて、ついぽろりとこぼしてしまった。

「たいしたことじゃないんですけど、その……もしかしたら私、リベタスプロジェクトを最後まで担当できなくなってしまうかも――」
「どういう意味だ?」

 彼が眉根を寄せて、咲穂に詰め寄る。

「説明してくれ。プロジェクトリーダーとして、君の離脱は無視できない問題だ」

 彼に求められて、いや、それは言い訳かもしれない。自分は誰かに話を聞いてほしかったのだと思う。
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