このたび、夫婦になりました。ただし、お仕事として!
 たった今、聞いた話を彼にそのまま伝える。端的に言えば、父の話は〝家業のために、こちらに戻って結婚しろ〟ということだった。

「私の実家は九州で造り酒屋を営んでいるんです。大繁盛ってわけじゃないけれど、それなりに堅実にやっていると思っていたんですが……そうではなかったみたいで」

 実は数年前から経営が苦しくなっていたらしい。プライドの高い父は咲穂には内緒にするよう母や兄に口止めしていたそう。

「そんななか、やっと見つけた打開策が私と、地元で飲食店を幅広く経営している企業の社長との縁談ってことのようです」

 その企業は咲穂の実家にとっても、大口の顧客。姻戚関係になれば縁も深まるし、新しい卸先も開拓できる。先方も、子どもをもうける前に離婚をしてしまったとかで……咲穂が嫁いできてくれるのなら援助は惜しまないと言っているそうだ。

「つまり政略結婚か」

 咲穂の話を、わかりやすい形で櫂が総括する。

「グローバルに活躍する美津谷CEOからすれば、いつの時代だ?って感じですよね。けれど、私の地元ではそう珍しい話でもなくて」
「いや、結婚以上に強固な同盟はない。ビジネスの世界では今でもよく聞く話だ」

 櫂の顔がこちらに向く。話をするときに相手の顔をじっと見るのは、きっと彼の癖なのだろう。そう理解していても、この美しい瞳に見つめられると落ち着かない心地がする。

「嫌なのか? その話を、君はどう思った?」

(嫌だ。私は仕事を続けたい、自分の夢を追いかけたい。でも……)

『先祖代々受け継いできた伝統と、一緒にがんばってきた従業員を守らなきゃならん』
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