このたび、夫婦になりました。ただし、お仕事として!
 父のその思いも無視はできなかった。大好きだった祖父、優しい従業員たち……家業を守りたい気持ちは、咲穂にだってもちろんある。

『少し時間をちょうだい。ちゃんと考えるから』

 そう伝えて、電話を切ったものの……。

(なにをどう〝ちゃんと〟考えればいいんだろう。夢か、実家か、選ばないといけないの?)

『仕事のことは女にはわからない』と散々蚊帳の外に置いていたくせに、こんなときばかり頼ってくる父や兄への怒りも湧いてきて、咲穂の感情はグチャグチャだった。

「大丈夫か?」

『零点』と突きつけたときとは別人みたいな、優しい声。

 だけど、これ以上甘えるわけにはいかない。彼にとって自分は、数えきれないほどいる部下のうちのひとりでしかないのだから。
 咲穂は小さく深呼吸をして、口角をあげた。

「大丈夫です。弱音を吐いたりして、すみませんでした。リベタスを成功させたいので、実家の救済はほかの方法を考えてみます!」

(肝心なほかの方法……今はまだ思いつかないけれど)

「それならいいが」

 櫂はまだ心配そうな顔をしていたが、咲穂は強引に話を打ち切って店を出る。

「地下の駐車場に運転手を呼んでいるから、君も乗っていくといい」
「いえいえ、私は電車で!」

 まだ電車の走っている時間だ。

「いいから」

 櫂は咲穂の腕を引き、エレベーターに乗り込む。地下の駐車場までおりるようだ。
 ふたりきりの空間に沈黙が落ちる。

「さっきの話」
「え?」
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